プライベート CROSS HEROES reUNION 第2部 Episode:16
【最後の悪あがき編】原文:霧雨さん
ゼクシオンの手によって「存在しなかった世界」に連れ去られたカルネウス。
裏切り者は処刑せよとの命が下され、カルネウスは処刑されることに。
その直前、カルネウスは脱走。そのまま女神の研究棟へと向かいそこで―――
どこで手に入れたのか分からない爆弾を起動。
最後の抵抗とばかりに自爆テロを引き起こした。
その直前、地上はエジプトに「ソロモンの指輪」を投げ捨てて―――。
【ジャバウォック島 真相・脱出編】原文:霧雨さん
ジャバウォック島の戦いは、佳境を迎えていた。
一時のものとは言え、仲間になったカルネウスを連れ去られ怒りに燃えるリク。
しかし相手のゼクシオンは、幻想郷の時とは違ってかなり強化されていた。
次第に追い詰められつつあったリクであったが、そこへ断罪法廷から
苗木誠を連れて脱出した江ノ島が援軍に回る。
さらに第Ⅳ実験棟から駆け付けたファルデウス達の援護により、形勢は逆転。
ゼクシオンを遂に打ち倒す。
その後、シャルルマーニュたちが発見したさらなる地下への階段を降り、
一行は巨大な実験施設を発見する。
そこは現在メサイア教団が製造しているという「女神」の元となった計画、
その実験施設であった。多くの子供たちに拷問のような実験を施し、
食い物にしてきた邪悪な計画。そして、その計画をただ一人疎んだ江ノ島盾子の父親が
残した女神打倒のキーパーツ「ソロモンの指輪」。
CROSS HEROESはこれを回収し、そしてメサイア教団の爆撃に寄って崩落しつつある
ジャバウォック島からついに脱出するのだった――。
〈暗黒魔界へ行こう:本題〉
_聖輦船。
人里近くにある寺、命蓮寺の真の姿。
空を行く方舟であり、宝船。
魔界…正確にはその一角である「法界」まで向かう事の出来る機能を持つ。
それはアビダインが、CHが魔界へ向かう為の道標となる。
「_と、彼等とレディ達の言った通りでね。」
故に、アビィは宣言する。
「僕たちはこれから、魔界へ向かう。皆、今から準備を整えて貰うよ」
「やっとか…」
小声でそう呟き、貼り付けた笑みから微かに闘志を見せる明智。
そんな反応を、まるで待ちわびてたかの様にアビィが呟く。
「おぉおぉ滾ってるね、元気で宜しい。」
「…ははっ、何の事だか。」
言いながら、目線だけで周りを見渡す明智。
真っ先に目に付いた蓮達は各々が武器の確認をさり気なく行っている。
「蓮よ、準備が良いのぅ?」
「キン肉マン。」
そう語りかけたキン肉マンもまた、命とも言えるレスラーマスクの紐を結び直している。
他の超人や悟空達も、身体を撓らせ具合を確かめる余裕を見せている。
誰一人として、準備を怠っている様子は無かった。
(へぇ…蓮はともかく、他の奴等は里の復興にかまけて鈍ったかと思ったけど…)
「さて、こうして話す時間も惜しい。」
妙な感心を覚えた所で、アビィがパンパンッと手を叩く。
その音に注目が集まった所で、彼は両手を広げて口を開き。
「早速で悪いけど、アビダインの方に_」
「なぁ、ちょっと待ってくれよ?」
そこで待ったを掛けたのは、悟空だった。
アビィは出鼻を挫かれた様に体をガクリと傾けたが、すぐに立て直した。
「…何かね?」
「オラ達、朝っぱらから呼び出されてまだ飯食ってねぇぞ?」
その言葉に全員がハッとした表情を浮かべる。
途端にあちこちで鳴る腹の音。
胃袋からのSOSだ。
「そういえば、今日はまだ何も食べていないな…」
祐介もまた、お腹を擦りながら呟く。
それを皮切りに、皆口々に空腹を訴え出した。
無理も無い事だ。
腹が減っては戦は出来ぬ、誰でも聞いた事がある諺だ。
_が。
「_すまないが、今回はちょっと急ぎでね。アビダインで食べてくれると助かる。」
意外な事に、彼は急かす選択をした。
そのまま全員を率いる様に、アビダインの方角へと歩み始める。
それに蓮は眉を寄せて疑問を呈そうとして、アビィと併走し。
「_アビィ、何か訳があるな?」
そうして気付いたのは、アビィの顔に浮かぶ焦燥の色だ。
蓮の声色からソレを感じ取った他の者達も口を閉じ、神妙な空気が漂う。
蓮は言葉を重ねようとし、それを察したアビィが手で制して。
「急ぐ理由が、二つある」
「二つもか?」
「あぁ。一つは、悪魔超人達だ。」
人差し指を立て、顔の横に置いた。
「…あっ!そういえば悪魔将軍もバッファローマンもおらんではないか!?」
「彼等はBHの力で、悪霊事変の直後から現地入りしている。」
「何!?アイツ等、抜け駆けをしておったのか!」
キン肉マンの気付きに補足するアビィ。
そう、あれから悪魔超人の姿を一切見かけなかったのは、直後に魔界に向かったからである。
「待て。何故悪魔将軍達は、それ程までに急いだ?」
当然出る疑問に、一言で返す。
「ある人と、アシュラマンの為さ。」
「「_アシュラマンじゃと(だと)!?」」
「…!」
その名に食いついたのは、キン肉マンとテリー。
口には出さなかったが、蓮も同じだ。
中でもテリーは、一際食いつきが強かった。
「アシュラマン…確かに、そう言ったのか?」
「そうさ、『あの日』武道と戦った彼だ。」
いよいよ以て、動揺を隠し切れなくなる。
『あの日』、それはテリーにとってただ一つの日を指し示す故に。
「生きて、いるのか…?」
「聞いた時は、辛うじてね。やっぱり、気になるかい?」
「_あぁ。勿論だ、勿論だとも。あのパレスから今まで、腰を据えて話す機会が無かったが…」
眼孔を揺らめかせながらも、声色は厳としていた。
「悪魔将軍も含めて、問い質したい。彼等の真意を。」
脳裏に甦るは、かつての光景。
三属性超人不可侵条約、その破棄を告げた武道達。
そして彼等により鎖に吊るされた姿を晒されたネプチューンマン…
あの時に宿った激しい義憤を、テリーは今も覚えている。
そうして己の正義に従い、共に立ち向かわんとして_
_そんなテリーを突き放す様に条約破棄と宣戦を布告したアシュラマン。
「アシュラマンの奴…!」
_その後に、アシュラマンただ一人が武道によって瀕死体にされたのを、キン肉マンと蓮は知っている。
認知世界と融合する前の、かつての特異点の杜王町にて、見せつける様に投げ捨てられた彼の身体。
敢えて逆鱗を撫でるが如き行為をされ、その上で自分達も蹂躙されかけた。
あの時の屈辱と無念を、キン肉マンと蓮は…いや、明智を含めた三人は、片時も忘れた事は無い。
直後に特異点の変動もあり、アシュラマンは行方知れずになったが_
「…全く、心配掛けさせおってッ!」
声を思いきり震わせ、目尻から一筋の雫を流す。
その涙は、彼の安堵を現した様に思えた。
_だが。
「今も生きてるかは、分からないけどね。」
「…へっ?」
感動は続かない。
その一言で、キン肉マンの涙は一瞬で引っ込んだ。
思わずアビィを見るが、彼は暗い顔付きのまま歩みを止めない。
「ど、どういう事じゃい…?」
「僕が彼の生存を知ったのは、特異点から幻想郷へ向かう途中。」
冷徹なまでに冷静に、アビィは実情を突き付ける。
「っ!それは、まさか…!?」
「今この瞬間の命は、保障出来ない。魔界に何かが起きている以上はね。」
加えて、と続ける。
「先に魔界へ行った悪魔将軍達が、帰還してなければ連絡も無い。」
「あっ!」
「そう、向こうで何かがあったのさ。悪魔将軍達が連絡する暇も無い程のね。」
「_!」
「アシュラマンだけでも送られてきていない以上、少なくともBHはやられたと見て良い。」
驚愕に目を見開くキン肉マン。
不安を色濃く表しているテリーは、冷や汗を浮かべるばかりだ。
一方で、蓮は先の言葉を思い返して、気付く。
「待て、アシュラマンともう一人、ある人と言っていたな?」
「_鋭いね蓮。そう、瀕死のアシュラマンを守っている人がいるのさ。」
湧いて出た質問に、アビィは一拍置いて回答する。
ハッと顔色を変えるテリー達。
『守っている』という言葉に、一筋の光明を見たのだ。
「彼女は魔界創造に関わった、とても強かな女性さ。」
「つまり、もうやられたとも限らない…?」
「あぁ、悪魔将軍が付いたなら尚更ね。」
それ程までの太鼓判押しに、テリー達が少し安堵する。
「_どの道、急いで魔界の状況を知って、彼等を連れ戻さないとならない。が…」
アビィが、少し言いにくそうにする。
その仕草に蓮は訝しみ、テリー達は嫌な予感を覚えた。
「さっき言った、急ぐ理由。2つ目だけれども_」
「おっと、そこからは僕が話す約束だろう。んん?」
と、語尾をアビィの説明に口を突っ込む声。
聞こえた方へと皆が顔を向ければ、一人の男が樹に寄りかかって立っていた。
「あぁ、露伴君。」
「君付けは止めてくれないか?」
「Lycoris Recoil①喫茶リコリコ神浜店?」
その夜、みかづき荘の居間は穏やかな空気に包まれていた。
黒江はソファに腰掛け、手に温かい紅茶のカップを持っていた。
「そっかー。悟空のおっちゃんたちまだどっか行っちまったのかー。
あーあ、オレも一緒に戦いてぇよ~」
幻想郷の戦いを勝ち抜き、休む間もなく暗黒魔界に向かおうとしている悟空たちの話を
聞かされたフェリシア。港区での戦い以来の御無沙汰だ。
「自分も今回、初めてCROSS HEROESに協力する事になったが、
正直、とんでもなかったぞ。命がいくつあっても足りん」
フェリシアとは打って変わって、十六夜はCROSS HEROESの戦いの激しさを
まざまざと痛感していた。
「いろはさんとやちよさんはまだCROSS HEROESに?」
「うん……」
さなの問いに答える黒江の表情は暗い。一刻も早くいろは達の元に復帰したいと言う
焦りが過ぎる。
「やちよししょーが一緒ならいろはちゃんも大丈夫だよ、黒江ちゃん!」
そんな黒江の心境を察してか、励ましの声をかける鶴乃。
明るい天真爛漫さの裏で、他人の心の機微には人一倍敏感なのだ。
「黒江さん、これからのこと、どう考えてますか?」
「これからのこと…?」
みふゆの言葉に、黒江は少し考え込んだ。
「正直、まだ答えは出てません。でも、あの力は危険だって分かってる。
それでも、完全に拒絶することもできない。これをどうにかコントロールできるように
ならなきゃ、次の戦いでみんなを守れないと思う……」
すると、ももこが拳を握って力強く言った。
「なら、一緒に頑張ろう! あたしたちがいるじゃん。何があっても一人にはさせないよ」
「十咎さん…ありがとう」
黒江は笑顔を浮かべ、再び紅茶に口をつけた。その時、レナが突然話題を変えた。
「そういえばさ、神浜に変な店ができたの知ってる? 喫茶リコリコって名前なんだけど」
「喫茶リコリコ?」
黒江が首をかしげる。
「うん、黒江達が神浜を出た後くらいかな。なんか誰も気づかない内に
街の中に現れたみたいでさ。しかも、場所が少し変わってるんだよね。
普通の店っぽいんだけど、入ると妙に落ち着くっていうか、
時間の流れが違う感じがするんだって」
「なんだそれ、怪しいな」
ももこが腕を組み、考え込む。
「そういう話を聞くと、つい調べたくなるね。いろはちゃんや、やちよししょーと
ウワサ探ししてた頃を思い出すよ~」
鶴乃が微笑んで言う。
「よし、じゃあ明日行ってみようか!」
ももこが勢いよく立ち上がり、全員が驚いた顔で彼女を見つめる。
「えっ、もう決定なの?」
レナが呆れたように肩をすくめる。
「もちろん! 怪しい店なら、ちゃんと確認しないとダメだろ?
鬼とか、イカれた3人組とか、ジェナ・エンジェルとか、カルマ教団とか言う
奴らの一件もあったし」
「あの悪魔化する連中……」
安倍晴明、アルターエゴ・リンボ、ドンキホーテ・ドフラミンゴによる神浜炎上、
ジェナ・エンジェルによる十咎ももこ誘拐事件、その配下であるカルマ教団の者たちが
神浜に侵入していた事件など、とかく、この街には事件の種が尽きなかった。
「あいつらなら、オレがズガーンしてやったぞ!」
フェリシアを始めとした神浜の魔法少女達の捜索活動によって、
カルマ教団の潜入者たちは街から一掃されたと言うが……
「そうなんだ……良かった」
「さ、長旅で疲れたろ? 今日はもうみんな早く寝よう」
その夜、全員がそれぞれの部屋で眠りについた。明日訪れる新たな出来事に、
少しの期待と不安を胸に抱えながら。
――次の日の朝。
みかづき荘のメンバーは、喫茶リコリコに向かうため準備を整えていた。
「喫茶か……興味はあるが、自分もバイトがあるのでな。また何かあれば呼んでくれ」
「それじゃ。ももこさん、黒江さんをお願いしますね」
「うん、任せといて。二人も帰ってゆっくりしてよ」
十六夜とみふゆはここで一時離脱。
「じゃ、行こっか、みんな」
ももこが元気よく声をかけると、黒江や他のメンバーも続いて玄関を出る。
神浜市の街並みはいつも通りだったが、その中でどこか異質な空気を感じる建物が
一つあった。それが、噂の「喫茶リコリコ」だ。
「ここがその店?」
黒江が店を見上げながら呟く。
「うん。行こう、みんな」
ももこが扉を開けると、中から暖かい光が溢れ出した。
その瞬間、全員が何かに引き込まれるような感覚を覚えた。
店内には、アンティーク調の家具や落ち着いた音楽が流れ、外の喧騒とは
まるで別世界のようだった。その瞬間、さらに奥のカウンターから明るい声が響いた。
「たきなー、お客さん来たよ! ちゃんと挨拶して!」
カウンターから顔を出したのは黄色みがかった白色の髪をボブカットに切り揃えており、左サイドだけ巻き髪と赤いリボンで飾られたアシンメトリーな髪型をした少女、
錦木千束だった。彼女の明るい笑顔が店内の雰囲気をさらに和ませる。
「はいはい、分かってますよ、千束。そんな大きな声で言わなくても……
えっ……と。いらっしゃいませ。どうぞお好きな席に」
少し面倒くさそうに返事をしながら現れたのは長い黒髪の少女、井ノ上たきな。
冷静でクールな雰囲気を纏っている。
千束とたきな。赤と青を基調な和風の制服。陽と陰。何もかも正反対なふたり……
千束が笑いながらテーブルにメニューを置き、軽快な調子で話し始めた。
「さてさて、みんなは何にする? うちのおすすめは特製スイーツと、
美味しいコーヒーだよ!」
「スイーツ…? どんなのがあるの?」
かえでが興味を示すと、千束は得意げに答えた。
「それはね……食べてからのお楽しみ!」
「へへーっ、食うぞーっ!! えーっと、どれにしよっかな……
これと、これと、これとー」
「フェリシア、そんなに手当たり次第に……お金持ってんの!?」
「持ってるわけねーじゃん。鶴乃奢ってくれ」
「そんな事だろうと思った……」
「すっかりお遊び気分ね……まあ、今のところ怪しい所はなさそうだけど……」
レナが店内を見回す限り、怪しい様子は無い。カウンターで一升瓶を持って
突っ伏しているアラサー女、台所で作業をしている大柄で着物姿の黒人男性、
座敷席を丸々陣取ってゲームをしている金髪カチューシャの少女……と言う
クセの強い関係者を除いては……
「……でもないか……」
「この店って、前からありましたっけ?」
「え? ああ、まあ、最近オープンしたばっかりですかねー。
あんまり立地が良くないから目立たないのかなー」
ももこからの質問に、何処かしどろもどろな様子の千束。
(あたしたちも気がついたら店ごとこの街にいましたー、なんて言っても
信じてもらえるわけないもんなー……神浜とか聞いた事も無いし、電波塔も無いし、
明らかあたしたちのいた世界とは違うっぽいし……色々と)
魔法少女と、喫茶リコリコ。互いの素性を知らない、異世界の者同士が
この日常と非日常が混じり合った混沌の街、神浜で交差する……
「翠狂讐姫演義 その3」
エジプトのソロモンの指輪なぞつゆ知らず。
ジャバウォック島の一件なぞまだ知らず。
ここは熾烈止まない杜王町。
そればかりか、ミケーネ帝国の軍勢だけでなくジオン族と竜王軍の連合も襲ってきてカオスがより極まってくる。
「どけや!」
ミケーネの機械獣を蹴り飛ばし、その辺で拾ってきたであろう折れた標識を手に周囲の敵をなぎ倒してゆく。
肉体がひしゃげようが、骨が折れようが知ったことか。
復讐者としての戦い方はこれしか知らない。
ただ追いすがり、殴り蹴り、絞めて潰して叩いて殺す。
だが、それほどの暴威を振るっていても被弾がなくなるわけはない。
そればかりか、周囲の敵は彼女を危険視し、一斉攻撃を仕掛け始める。
「ダメだ罪木オルタ!それ以上は……!」
アタランテの制止も聞かず、復讐者はそれでもなお、ひたすらに突っ切る。
集中砲火、流れ弾。
それを一身に浴びた罪木オルタは、全身から血とエーテルを流して今にも倒れそうであった。
――いくら『被虐体質(恩讐)』を持っていたとしても限度がある。
それでもなお、彼女が立っているのはひとえに。
「うるせぇ。まだやれんだよこっちは。」
(戦闘続行……!)
戦闘続行スキル。
往生際の悪さ、しぶとさ、不屈の闘志の具現たるスキル。
己を傷つけたものを赦さず地の果てまで追いつめて殺す。
殺して殺して殺し尽くして、何もかもを破壊しつくすまで止まらない恩讐炉心。
恩讐の昏き炎、その具現。言うなれば――『復讐続行』。
「おい、そこの白い髪の人!」
駆け付けた仗助が罪木オルタを呼ぶ。
彼女の右手は血だらけで、完全に折れているな風体だった。
「一体何者かは知らねーけど、それ以上は動かないほうが……!」
しかし、彼女の眼の黒い火は消えない。
ぐちゃぐちゃになっても、まだ動けるのなら。
「この程度は気にすんな。」
しかし罪木オルタは進軍をやめない。
「あたし頭悪いからよ。これしか知らねぇんだわ。じゃな!気持ちだけは受け取っておくぜ!」
「あっ!大丈夫かあいつ……?」
「だああああああああ!!」
折れた右手に全開の力を込めて。
右手に握った鉄の標識を、全力で投げつける。
まさに白い炎。
すべてをなぎ倒す恩讐の白焔。
「撃て!撃て!」
「相手はたかが人間と英霊とその擬き!束になれば勝てない相手ではない!」
迫りくる敵の軍勢をかき分けるように、罪木オルタは進軍する。
鳥獣型機械獣の一体が、頭部先端からレーザー光線を放つ。
大将首めがけて駆け抜ける彼女は逃げるわけでも防ぐわけでもなく、ただ進撃し続ける。
「っぶねぇ!!」
迫るレーザーをギリギリで回避する。
レーザーはコンクリートを平然と溶解させる。
熱は罪木オルタが着ているパーカーに掠るも、肉体には響かない。
そして―――まだ足は前を向き、動いている。
「脳天いただき。」
ミケーネ兵士の残骸や瓦礫の山々を踏み台にして跳躍、巨大戦闘獣をその手のロケット砲で再び破壊してゆく。
「っと……でもま、ちったぁきついか?」
だが、増えた敵の数には辟易してくる。
相手は三勢力の多勢。こちらを捕捉すれば攻撃してくる明確な敵。
こちらにも体力の限界というものがある以上、流石にこれほどの数をさばききれる自信はない。
「狂王さんよ、どした?」
そこに、空中から戦闘獣やミケーネの兵士を串刺しにしながら降りてきたのはクー・フーリン・オルタ。
「……固定砲台役も飽きた。手を貸してやる。」
「おう、あんがとよ。」
そっけなく返す彼に、もう一人のオルタも同じように返す。
「ふん……しゃべっている暇があるならさっさとやれ。巻き添え喰らって抉り殺されたくなければな。」
「そうかい。んじゃ、後ろは頼んだ。」
ここに並び立つは二人の異霊。
片や赫黒い棘槍を手に暴れ狂う狂王。
片やくすねたロケット砲を肩に破壊の限りを尽くす復讐者。
だが―――。
「二人とも、上だ!」
「上?」
アタランテの叫びは、上からの警告であった。
「なんだ、あいつら……!!」
降り注ぐ、大いなる影の数々。
強襲するは完璧超人軍。
その目的は一体―――?
「Lycoris Recoil②Hello,re UNION SQUARE」
神浜市に忽然と現れた喫茶「リコリコ」。
その中には一癖も二癖もあるスタッフたちが働いている。
実は、この店の面々は異世界からやってきた者たちだ。
時は遡り、喫茶リコリコの面々が店ごと神浜市にやって来たばかりの頃……
「たきな、今日はカフェ用の豆とミルクを忘れないでよ」
千束が陽気に笑いながら言った。
「分かってます。それより、あなたが何も余計なものを買わないように
監視する方が重要です」
たきなは冷静に返しながら、買い物リストを手に歩いていた。
「それにしても、ここ何処なんだろ。神浜って街とか聞いたこと無いよねえ」
「さあ……何がどうなっているのか……私達が暮らしてた場所と同じようで、
何かが決定的に違う……」
すると突然、裏路地から怪しげな人物が現れ、二人の目の前に立ちはだかる。
「……何か用ですか?」
たきなが即座に警戒モードに入り、手元の銃に手をかけた。
「お嬢さんたち、美味そうな肉付きをしているな。腹が減ってるんだ、少しかじら……」
不審者が言葉を紡ぐよりも早く、たきなが銃を抜いて発砲した。
「ぐぎぃッ」
乾いた音が響き、不審者はその場に崩れ落ちた。間髪入れず、
胸板を踏みつけながら眉間にヘッド・ショットを3発。
「ちょいちょいちょい、たきな! 白昼堂々いきなり撃つのはやりすぎじゃない!?」
千束が慌てて声を上げる。
「不審者による危険は未然に鎮圧すべきです。それがリコリスの役目」
たきなは淡々と状況を説明した。
「それにしたって……あ」
千束は肩をすくめて、倒れた相手を確認する。人間かと思われたそれは、
カルマ教団の悪魔の変化によるものだった。死亡と同時に、その躯は黒い炭となって
消えていく。
「人間ではなかったようですね。これで安全になった。買い物を続けましょう」
「ええ~……」
たきなは何事もなかったかのように歩き出し、千束はため息をつきながら
その後を追った。千束とたきな。喫茶リコリコの看板娘は表の顔。その正体は
治安維持を目的とする秘密結社DAのエージェント……裏社会の掃除人「リコリス」だ。
喫茶リコリコ内の自室では、クルミは胡座をかきながらパソコンに向かっていた。
ディスプレイには複雑なコードとデータの羅列が映し出されている。
「ふーん、やっぱりこの世界、色々とヤバいことになってるね。ネットが使えるのは
ラッキーだったな~」
黒リボンで前髪をオールバックに束ねたラフな格好の家出少女・クルミが呟く。
宿代稼ぎに喫茶リコリコに転がり込んだ。天才的なスーパーハッカーであり
探究心の塊でもある彼女は、いち早く異世界に飛ばされたことに適応し、
即席で組み上げたネットワークを駆使して、リ・ユニオン・スクエアの世界情勢を
片っ端から調べて回っていた。
「侵略者、戦争、怪獣、超人、技術の流入……CROSS HEROES……メサイア教団……
この神浜って街もつい最近大規模な大火災……それだけじゃない、
港区、希望ヶ峰学園でも同時多発的な爆破テロ……な~んだこの世界?
殆どアニメかゲームの世界じゃん、でも……おもしろ!」
得意げに笑いながら、クルミはキーボードを叩き続ける。
「お前たち、買い物が終わったらちゃんと掃除をするんだぞ」
和装が似合う渋い黒人男性、ミカが店内で指示を出している。
元・DAの訓練教官であり、千束の後見人だ。
「ミカ先生、それよりたきながさぁ~」
「私は街の掃除をしただけです」
「ほほう、偉いじゃないか、たきな。千束、お前もしっかりしないと
この店が回らないんだぞ」
ミカは苦笑しながらも優しい口調で言う。たきなの「掃除」を勘違いしているようだ。
「呑気だなぁ、先生は。掃除ってそう言う意味じゃないし。
それにあたしたち、元の世界に帰れるかも分かんないのに」
千束が軽く肩をすくめると、奥のカウンターから
DAの元情報部・中原ミズキが週刊誌を読み耽りながら顔を上げた。
「どうせ帰れないんだし、こっちで良い男探そっかな。ね、見てよこれ。
このテリーマンとかすっごい良い男じゃない?」
ページを広げて、アイドル超人の特集ページを指差す。
「ミズキ、逞しいなあ……」
千束が苦笑いを浮かべると、ミズキはキープの酒を煽る。
「だって、私たちがここに飛ばされた理由なんて誰にも分かんないでしょ。
分かんない事考えたってしょうがないってね~」
ミカは喧騒を静めるように手を上げた。
「ミズキ、飲みすぎだ。とにかく今はリコリコを運営しながら、
この世界での足場を固めるのが先決だろう」
「ミカ先生、正論すぎて反論できません……」
千束がしおれるように言い、ミズキはふふっと笑う。
「あんたたちは私に感謝しなさい。こんな状況にあっても悲観的にならず
この店の雰囲気を和ませてあげてるのは私の功績なんだから」
「雰囲気というより酒臭さだと思いますが……」
たきなが冷静に指摘すると、ミズキは微妙にムッとした表情を浮かべた。
「アンタはしれっと人にぐさっと来る事言うわよね……」
その頃、クルミは自室で新たな情報を得ていた。
「……なにこれ?」
画面に映し出されたデータに、クルミの眉がピクリと動く。
「ゲートウェイの出力が不安定で……次元の裂け目か、これ……
そんなのがあちこちに……世界の壁がガバガバになっちゃって、それにボクらも
巻き込まれちゃったってところか……とんだ迷惑な話だ」
クルミは考え込むように顎に手を当てた。
「つまりどう言うことだってばよ?」
千束がクルミの肩越しにPCを覗き込んだ。軽い調子で尋ねる千束にクルミは
画面から目を離さずに答えた。
「うん、面白いデータが引っかかったよ。どうやらこの世界の次元の壁、
いろんなところでボロボロになってるみたい。異世界からの侵入者や、
次元の裂け目が放置されてる感じ」
「それが原因で、私たちもここに来ちゃったって事?」
千束が首をかしげると、クルミは、
「たぶんね。でも、この世界の連中がそれを修復する気があるのかどうかは怪しい。
むしろ裂け目を利用してる節もあるし」
「それってどういうことです?」
今度はたきなが部屋に入ってきて尋ねる。
「うーん、例えば兵器や技術を異世界から引っ張ってきて、
この世界の勢力が武装強化してるとかね。『CROSS HEROES』とかいう組織も、
その一つっぽい。あと……メサイア教団とか、他の怪しい連中も絡んでる」
たきなは眉をひそめた。
「悪魔が街を闊歩しているくらいですからね……」
「やれやれ、過重労働にも程があるって。守ろう、労基法」
千束やたきならと同じく、異世界からの来訪者たちを「イレギュラー」と称し
ミスリルが保護した事からCROSS HEROESの結成へと繋がった。
それからと言うもの、異次元の力を利用せんとするメサイア教団を始めとする
敵対勢力との戦いは激化の一途を辿り、果ては特異点、幻想郷、暗黒魔界と
戦いはさらなる次元へと突入しようとしているのだ。
「幕間・計算と無人島と警察手帳 その1」
その日の夜4時30分ごろ。
ぼんやりと明るくなりつつある海。
空はすがすがしい快晴。星々が煌めき、そこにあるのは波の音のみ。
夜と朝、海と都市の境界線への到達を待つ船が一隻。
潜水艇は破棄した。
オートパイロットに問題はない。
船に鮫も竜巻の影も、海竜の気配もない。
全方位に問題なし、絶好の航海日和。
「こちらファルデウス、あと1時間くらいで船は東京に到着します。」
『了解。そちらに負傷者は?』
「いませんが、話を聞きたい人が1名いる。一応、手配をお願いしたい。」
『了解。』
十神の用意した船、起きているのは地上の”部隊”に連絡を取ったファルデウス・ディオランドと……。
「……。」
双眼鏡を手に、外の監視をしているリクのみである。
「あの、リク、さんでいいですよね?」
「どうかしたか?」
「ちょっと、いいですか?」
外に出て、リクと闇夜の会合をしている。
何のことはない。
裏切りの様子はない。
ただ、気になったことを起きているメンバーだけで話し合っているだけだ。
「で、何か?」
「ソロモンの指輪の件についてです。あの胸糞の悪い資料を見て、気になったことがあったんです。」
「気になったこと?」
「ソロモンの指輪は、資料によれば10個あるようですが……我々と教団側の現在保有数は把握しておきたい。」
「こっちが持っているので4個。教団側は……。」
リクは記憶をたどりながら、推論交じりで話し始める。
「カール大帝が持っているので1つ、ゼクシオンがクォーツァーという敵から奪ったので1つ。2つ以上は確定しているが……実際は3~4つくらいと解釈していいだろう。」
「ちょっと待ってください、カール大帝!?」
ファルデウスが驚愕する。
メサイア教団とかいう狂った組織に、ヨーロッパの父だ。
何かおかしい。
「私は信心深いほうではないですが、大帝は洗脳されて神輿にでもされているんじゃないでしょうか?」
「俺も大帝についてはそう考えている。でも情報がない……。」
閑話休題。
「すみません話がそれました。仮に教団側が4つ持っていたとしたら、残る2つは一体どこに……?」
残ったソロモンの指輪2つ。
片や世紀の大怪盗の手に――それは知っている。
港区の時、どさくさに紛れて漁夫の利を取った事実を、忘れてはいない。
もう片や異邦の四季彩世界に。
しかし、今の彼らが後者を知る余地はなく。
「うぅ……。」
「ん、おい、どうした?」
リクがデミックスに駆け寄る。
デミックスの顔はどこか苦々しいが―――
「……アスパラ……これ以上食えないよヴィクセン………。」
「なんだ、寝言か。」
悪夢を見てうなされているだけだった。
が、次に小さな叫びをあげたのはファルデウスの方だった。
「あ、ちょっと、あれは一体!?」
「ファルデウス?」
外に出て、双眼鏡を手にする。
「あれですよあれ。」
指さす方角には、小さい無人島が一つあった。
夜の闇に溶け込んで、島の輪郭はよく見えないが明らかに誰かがいる証拠がある。
「焚火だ。それに―――」
それが、浜の上の焚火だ。
その横で、一人の男が飛び跳ねている。
「おーい!そこの船!」
遠くで銭形が手を振っている。
カグヤの護符によって存在しなかった世界から脱出したはいいが、この無人島に流れ着いてしまった。
そこに、十神たちの船が来たのは彼にとっては僥倖だ。
「手を振ってる。」
「船のバッテリーはまだありますね。十分助けられる。」
「ぁ……うるさ……シカじゃねぇのか?」
眠そうな目をこすって、江ノ島盾子が起きた。
シカが焚火をたく、という寝ぼけたことを言いながら、外に上がる。
「江ノ島か。シカが焚火をたくかよ。」
「茶色いコートを着ている……もう一人いそうですが、遠くでよく見えない。」
パラガスの影は、遠距離と焚火と草木と銭形の陰になって見えていない。
船と浜、彼我の距離は900メートル程度。
時間的にも、船で寄り道する程度の暇はある。
「助けましょう。このまま飢え死にされても寝つきが悪い。」
「男・銭形、覚悟の船出」
船が無人島に近づき、波の音が徐々に大きくなってきた。
銭形は必死に手を振り続け、焚火の横で何かを叫んでいる。
しかし、波の音にかき消され、何を言っているのかは聞き取れない。
「やったぞーっ!! 助けだーっ!! はっはーッ!!
おい! パラガス! お前も一緒に来るんだろう?」
銭形は焚火のあった方角に向き直り、大きな声で呼びかけた。
その声に応じるように、草むらの奥から一人の男が姿を現した。白いマントに
旧型のサイヤ人の戦闘服を纏うその男――パラガスだ。しかし……
「……いいや。俺はここに残る」
パラガスは静かな声で答えた。
「な、何を言っとるんだ!?」
銭形は驚いた表情で彼に詰め寄る。
「折角脱出出来るんだぞ!? こんな無人島に残るなんて正気じゃあない!」
パラガスは焚火の残骸に目を向けながら静かに言葉を続けた。
「言っていなかったが、俺はこの島から出ようと思えば自力で出られる。
こんな事も出来るからな……」
ふわり、とパラガスの足先が宙に浮く。舞空術だ。
「な……それならば、何故……」
「俺はもう疲れたのだ。この島を出た所で、行く場所も、失くしたものも戻っては来ん。
これはある意味、罰なのかも知れん。自らの野心に、己が息子まで利用したのだからな。
だが、お前にはまだやることがあるのだろう? 銭形……」
銭形はしばらく沈黙していたが、やがて肩を落とし、諦めたように溜息をついた。
パラガスの言う通り、銭形の使命。それは永年の悲願であるルパンの逮捕、そして……
今はメサイア教団の企みを白日の下に暴くこと……
「分かったよ……」
そう言いながら、自分の右手をパラガスに手を出した。
「一宿一飯の恩だ。ありがとうよ、パラガス」
パラガスはそれを一瞥し、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ふふ、こんな得も知れぬ老いぼれに。とことん人が良いな、銭形。
貴様のような男は初めてだ。もしかしたら、俺はとんでもない大罪人かも知れぬぞ?」
「だが、助けてもらったことには変わりない。お前の素性がどうあれ、な。
息子さんを失ったのは気の毒だが……それでもお前さんはこうして生きているんだ。
その事をようく考えるんだな」
「……達者でな。銭形。さあ、船が来る。もう行くが良い」
船はゆっくりと無人島の浜辺へ向かい、銭形の姿が徐々に鮮明になっていく。
「大丈夫ですか!? 助けに来ました!」
リクが声を張り上げると、銭形がほっとした表情で応じた。
「おお! 助かったぞ! 救助、感謝する! わしはICPOの銭形だ!」
銭形は焚火のそばから急いで走り寄り、砂浜を駆けて船に向かう。
「ICPOの警部殿がこんな島に……どうやってここに流れ着いたんですか?」
ファルデウスが船を止め、銭形に尋ねる。銭形は深いため息をつき、
コートの内ポケットに警察手帳をしまいながら答えた。
「メサイア教団とか言う怪しげな団体を追っている内に、あれよあれよとな……」
「!? メサイア教団ですって……」
リクにとっても、その名はもはや因縁深い。トラオムへの転移から始まった
彼の戦いには、常にメサイア教団の影があった。銭形とリク、江ノ島、ファルデウス……
目に見えぬ運命の糸が、思いもよらぬ形で結びついた。
「知っとるのか、坊主?」
「知ってるも何も……奴らはこの世界の支配を企む悪党ですよ。
俺達も奴らと戦ってるんです」
「なんと……奇妙な偶然もあったものだな。だが、そうと分かれば話は早い。
わしは、「存在しなかった世界」と言う場所にある奴らの拠点に潜入したのだが、
手違いで元の世界に戻ってきてしまってな……」
「メサイア教団の本拠地……凄い大発見だ。CROSS HEROESのみんなにも
知らせてあげなくては……」
「見たところ普通の人間っぽいのに、メサイア教団の本拠地にひとりで殴り込みかよ。
なかなか根性キマってんじゃないかよ、おっさん」
江ノ島は銭形に一抹の興味を覚えた。超人だらけの面々の中にあって
特殊な力を持ち合わせないはずの銭形が、メサイア教団に風穴を空けるキーパーソンと
ならんとしている事に。
「他には誰かいないんですか? 確かもうひとりいたように見えましたが……」
リクが銭形に尋ねると、彼は首を横に振った。
「……いや、ここにいたのは俺一人だ。行こう」
パラガスの意志を汲み、銭形は名残惜しそうに船に乗り込んだ。
エンジンがかかり、船がゆっくりと無人島から離れていく。
パラガスは砂浜に立ったまま、船を見送るように佇んでいる。
「……さらばだ、銭形。もう会うことも無かろう」
船は行く。メサイア教団との戦いも、新たなる局面へと展開していく……
「幕間・藍神、エジプトに現る」
エジプト 某所
古代エジプトの遺跡群が並び立つこの地。
周囲には岩石と砂と、少しの緑。
空は晴天、雲少しある青空の下。
そんな情景とは似つかわぬ、戦闘服とボディアーマーに身を包んだ兵士群。
自然と神秘あふれる遺跡を荒らしまわる不届き者、メサイア教団の兵士共だ。
「……あった。全く、手こずらせやがって。」
「カルネウスの時間稼ぎも、所詮はこの程度よ。」
エジプトに派遣した、教団の回収部隊。
首尾よくソロモンの指輪を発見し、即座に回収した。
彼らは、カルネウスの最後の抵抗を「無駄だったな」とせせら笑う。
「よし、すぐに魅上様へ報告を。」
「はっ!」
回収部隊の一人が、主の魅上に報告する。
「こちら回収部隊。ソロモンの指輪を回収しました。これより帰投します。」
「この黄金の指輪は、世界の救済者たる我々だけが持っていればいいのだ。」
はっはっは、と何もかもを小馬鹿にするような笑いを上げながら、その指で指輪を掴む。
「へぇ、それがソロモンの指輪か。」
突如後方から聞こえる少年の声。
そして、さっきまで兵士の一人が握っていたソロモンの指輪が手の中から消えているという事実に驚かされる。
「な、ない!?」
冷酷な声色、相手を見下さんとする恩讐。
振り返ると、後方には教団内で件となっている少年がいた。
「なんだ貴様!?ソロモンの指輪をどこへやった!?」
「ああ、これのことかい?」
冷笑と挑発交じりに、ソロモンの指輪を見せびらかす。
古風な服装の、黄金の眼と特徴的すぎる髪型をした17歳ほどの少年がそこに立っている。
「こいつ……間違いない。ビショップ様の言っていた『藍神』ではないか!?」
「だがなぜ!いつの間にここに現れた!?奴はビショップ様の報告では童美野町という町にいた筈!」
「はあああああ!?じゃあ何か!?この藍神とかいうガキは日本からこのエジプトまで瞬間移動でもしたというのか!?」
「分からん!だがこんな小僧に指輪を取られたとなれば、戻って何をされるか!」
「くっ……撃て!撃ち殺してでも奪い取れ!!」
兵士数十名が、藍神という少年めがけてマシンガンの銃口を向ける。
「……小僧、死にたくなければその指輪を置いてここを去れ!その指輪はお前如きが扱える代物じゃあない!」
「一対二十!貴様が我々に勝てるとは思えないな!」
怒りと嘲笑に満ちた顔で、藍神を睨む。
だが、対する藍神は恐怖にひきつるでもなく、そればかりは一笑に伏して言い放つ。
「おっと、そんな物騒なものをボクに向けて本当にいいのかい?」
「何?」
挑発交じりに、藍神は「キューブ」を招来させる。
不良たちを悉く消し去った、あの匣だ。
「ボクは――銃とかナイフとか爆弾とか、そういった人を殺める物騒なものは嫌いなんだ。そんなものはこの世から消し去りたいと思っているんだよ。」
「ふざけたことを……もういち……ど…だ……け!?」
兵士の、トリガーにかけた指の感覚がない。
それどころか、突如自分の意識が熔けるような感覚が襲い掛かる。
意識だけがおぼろげで、まるで夢の中に閉じ込められたような状態。
喩えるのならば、巨大な砂の城の上に立つ人間。
今にも崩れてしまいそうな心許なさを感じさせられている。
「うわああああああ!?なんだこれは!?消える!?俺が!?」
「消えるのではない、キミたちにはこの次元とはほんの少しだけ波動の異なる次元に行ってもらうだけさ。」
「次元……だと!?」
「お前たちに説明する意味はない。低次元に消え去るがいい。」
そうして、その場を立ち去る藍神。
兵士たちは何もできず、光の粒子となって消えてゆく。
「ああああ……。」
兵士たちはそこに武器の数々を落として、この次元から消失した。
「あとは。」
藍神の手に握られた、ソロモンの指輪。
未だ謎多き彼、その目的は果たして――?
「Lycoris Recoil③白い彼岸花のウワサ」
――時は現在。
リコリコの店内では、穏やかな日常が流れていた。
その中でも一際目立っていたのは、深月フェリシアだった。
彼女は、目の前に並べられた料理を次々と平らげていき、テーブルには
すでにいくつもの空いた皿が積み重なっていた。
「これ、うっま! このハンバーグ、最高だな! 次は、これだ!」
フェリシアは、次々と注文されて運ばれてくる料理に目を輝かせていた。
「ちょっと、フェリシア、そんなに食べて大丈夫? お腹壊すよ」
ももこが苦笑しながら彼女をたしなめるが、フェリシアは意に介さない。
「大丈夫だって! オレの胃袋は最強だからな!」
一方、千束とたきなはカウンターからその様子を眺めていた。
たきなが眉をひそめながら呟く。
「あれは……異常です。普通の胃袋の容量ではありません」
「いやー、でもさ、すごいね! あれだけ食べてるのに全然へっちゃらって感じ」
千束が感心したように言うと、たきなは真顔で返した。
「感心するところではありません。材料費がかさむ一方です」
フェリシアが次々と料理を注文するたび、
キッチンの中ではミカが静かに作業を続けていた。彼は汗ひとつかかない落ち着いた表情で料理を仕上げ、手際よく皿に盛り付けていく。
「ふむ、あの子の食欲は驚異的だな。気持ちの良い食べっぷりだ」
ミカの冷静な一言に、横でスコーンを準備していたクルミが振り返った。
「いやいや、これやばいっしょ。材料、底つきそうなんだけど!」
ミカはその指摘にも動じず、静かに鍋を火から下ろす。
「問題ない。すべてはお客様の満足のためだ。
それに、こうして食べてくれるのはありがたいことだろう?」
「まあ、そうだけどさー」
その時、フェリシアが元気な声を上げた。
「おい! 次はこのデザート全部くれ! あと、またハンバーグな!」
その勢いに、鶴乃は頭を抱えた。
「もう、どんだけ食べる気なのよ……! わたしのお金だと思ってー!」
そんな光景を見守りながら、黒江は腕を組んで考え込んでいた。
リコリコの料理の美味しさだけでなく、店員たちの動きにもどこか特別なものを
感じていたからだ。
「この店……普通じゃない気がする。いや、料理が美味しいのは確かだけど、
それだけじゃない」
「千束、次の注文がきました。対応を」
「あいよ! けどたきなぁ、もっと肩の力抜いてさ、楽しんでやろうよ~!」
「私は、仕事は真面目にこなす主義です」
店内の喧騒が収まり、食べ過ぎたフェリシアが椅子にぐったりと座り込む中、
千束とたきなはカウンターで淡々と後片付けをしていた。
千束はふと、今朝耳にした不思議な話を思い出し、たきなに向かって話し始めた。
「ねえ、たきな。最近この街で変な話が広まってるんだってさ」
「変な話?」
たきなは手を止める事なく、興味なさげに千束に相槌を打つ。
だが、千束はその無関心を気にせず、楽しそうに話を続けた。
「そうそう! 例えば、夜に鏡を覗くと異世界に吸い込まれるとか、
路地裏で見たこともない手に引っ張られるとか。まるで都市伝説みたいな話なんだけどさ、結構本気で信じてる人がいるみたいなんだよね!」
その話に、店内で一息ついていた黒江たちの反応が微妙に変わった。
ももこは驚いた顔で千束の話を聞き、すぐに鶴乃と目を合わせる。
「おいおい、それって……」
「間違いない。ウワサだよ」
黒江は真剣な表情で呟くと、千束に向き直った。
「お姉さん、その話、どこで?」
突然の真剣な口調に、千束は少し驚きながらも肩をすくめた。
「どこって、普通にお客さんとか街の人たちが話してたんだけど。
これってそんなに大事なこと?」
黒江は軽く頷く。
「もしかしたら、それ……ただの噂じゃないかもしれない」
ももこが神妙な面持ちで説明を始めると、フェリシアも興味を引かれたのか
椅子から身を乗り出した。
「そうだ! それ、めっちゃヤバいやつ!」
その言葉に、たきなは眉をひそめた。
「……何かご存知なんですか?」
「ん!? あー、いやー、その……」
リコリスと魔法少女。お互いに素性は知らない両者。ウワサとは、
この神浜市で発生する不可思議現象の総称。魔法少女が戦うべき、魔女とは異なる存在。
主に特別な状況下において発現する。
(バカ! フェリシア!!)
鶴乃が慌てて、フェリシアの口を塞ぐ。
「何だよ! オレ何も言ってないだろ!? ウワサがどうとか……」
「あーっ! もう!!」
すると、クルミがノートパソコンを片手に喧騒の坩堝へと歩いてきた。
「ん。これ、見てみなよ。『白い彼岸花のウワサ』とかいうのが載ってるんだよね。
聞いたことない?」
クルミが画面を指差すと、そこには不気味な構文で書かれた書き込みが表示されていた。千束が身を乗り出して覗き込むと、掲示板の一部が読み上げられる。
アラ、もう聞いた? 誰から聞いた? 月明かりの下で咲く、
白い彼岸花の、そのウワサ。
知らないと後悔するよ? 知らないと怖いんだよ?
白い彼岸花を見つけちゃダメ。
咲いている場所に近づくだけで、その花に「選ばれちゃう」んだって。
返り血を浴びて真っ赤に染まった彼岸花。
一度染まるとどうなるの? こわ~いものが出てくるの。
白い彼岸花を見つけたら逃げろ! 命の代償を払わされるんだから。
オッソロシー! 神浜市の子どもたちの間でこれが最近話題のウワサだよ!
「うわっ、何この文章。ちょっと怖くない?」
千束が画面から顔を上げると、いつもの無邪気な笑顔は少しだけ影を落としていた。
「……くだらない。噂を信じるなんて、非科学的では?」
たきなは至って冷静に切って捨てる。
「そ、そうそう! 噂は噂だから! あはは!」
これ幸いとばかりに、鶴乃は機転を利かせて話題を逸らそうとする。
「さ、さーて、そろそろ帰ろっか~」
「ご、ごちそうさまでした~」
かえでとさなもそれに便乗した。ぞろぞろと店を後にしていく。
「ありがとうございました~」
玄関の扉に備え付けられたベルがカランカランと鳴り響き、やがて静寂が訪れる。
「……どう思う? たきな」
「不思議な子たちでしたね。何かを隠しているような」
先程までの和やかさから一変。リコリスとしての洞察力が働く。
「この神浜って街も、ボク達が来る前は色々とぶっ飛んだ事件が起きてたみたいだ。
超人とか言う連中が今でも土木荷物担いで、空飛んで、
街の修復作業なんかしてるしな。しかも公の存在として認可されてる」
「あたしらリコリスとは正反対だね。闇にか~くれて~生きる~♪」
「……何の歌ですか、それ」
「ともかく、あたしたちも調べてみよっか。いいよね、先生?」
「うむ。だが無茶はするなよ」
こうして、リコリスと魔法少女たちのそれぞれの調査が始まった。
白い彼岸花のウワサに隠された真実と、それに絡むさらなる脅威が、
彼女たちを待ち受けている――
「妄執」
午前6時ごろ
十神の用意したボートは無事、東京湾に停まった。
一行は次なる作戦を練るために、月夜たちが待つホテルへと向かう。
はずだったが――。
「そんじゃ、わしはそろそろ警視庁の方に……「ちょっと待ってくれ銭形さん。」……なんじゃあ?」
リクが銭形を呼び止める。
「さっき船で『存在しなかった世界』って……。」
銭形が言った、メサイア教団の本拠地のある場所。
その名も「存在しなかった世界」。
「なんだ、あそこを知っているのか?」
ボートでリクがその名前を聞いた時、内心動揺していた。
それもそのはず、彼はその場所をよく知っていたから。
「昔、俺はそこに行ったことがあって。いろいろあってあそこは封印されたんです。」
曰く。
存在しなかった世界とは、元々はノーバディたちが支配する闇の領域。
常に夜が天を覆い、地には闇の存在が蔓延る地獄を、リク達は冒険した。
敵だったころのノーバディたちとの激闘。忘却の城での友を救うための冒険。
夢に落ちる距離を駆け抜けて、そして光と闇の戦いの果てにゼアノートを討伐、χブレードは封印された。
そして――未来編纂を行ったソラの追放と共に存在しなかった世界は、虚数空間の最奥に封じられたという。
「にわかには信じがたいな……お前さん、夢でも見ていたんじゃないか?」
「俺のいた世界での、現実です。」
江ノ島も何か思い当たる節があったのか、デミックスを見て言う。
「なぁ、デミックスは元々メサイア教団側のノーバディだろ?だったら……。」
「ほう?」
その場の全員がデミックスを見た。
彼の言葉を待っているようだ。
「ちょい待ち、俺はあそこを追放された身だっての!だからもうあいつらとは関係ないの!」
「いやいや、あたしらは別に疑ってねーよ?ただ……。」
一歩間違えれば自分が殺されるんじゃないかと危惧したデミックス。
当然彼らにはそんなつもりはない。
「その……存在しなかった世界とやらにいた者なら、何か知っているだろうと思ってな。」
そう、デミックスはある人物のノーバディ。
しかも過去メサイア教団にも、教団が設立される前――ⅩⅢ機関の一員として存在しなかった世界にいた。
ならば、過去と今の相違点を彼は覚えているはず。
「正直うまく言えるかどうかわからないんだけどさ、少なくとも俺が教団員として目を覚ました時には、既に俺の知ってるあそことは違ってた。黒い外套を纏った人の群れや、変なヘルメットの兵士たちはいっぱいいるし、俺たちが元々いた城もいろいろ変わってるしでさ。多分リクが知っているあそことも異なっていると思うよ。」
「なるほどな……。」
「2人の話を整理すると、封印後にどこかのタイミングでキラ教団がその「存在しなかった世界」を見出しそこを根城にした。という解釈でいいですね?」
「うん。とにかく、すべての真実はあそこに行かないと分からないけどね。俺も全てを見てきたわけじゃないし。」
「……とにかく、わしはそろそろ行くんでな!救助感謝する!!」
そう言い残して、銭形は去っていった。
嵐のように去った彼をリクは茫然と見届けるしかできなかった。
「……激しい人だったな。」
◇
天王洲アイル 某ホテル
リク達と会議をする部屋にて
「……呆れた。」
彩香は天を仰いでいた。
その手にはテレビのリモコン。
テレビの画面にはデジタル番組表。
「まだあったんだ『さくらTV』。」
さくらTV。
まだキラが全盛期だったころ、視聴率を稼ぐためにいかなる手段も厭わなかったこの民放は流行のキラ事件に乗っかり様々な「胡散臭い」放送を行った。
キラからの偽メッセージ、キラを知る者との偽対談、そしてキラ最盛期の「代弁者」。
ルクソードも半分呆れながら、さくらTVの資料をパソコンで見ていた。
「キラ事件の後さくらTVはキラ関与と内部のえげつなさも相まって世間、特に反キラ勢力からの批判が殺到し株価は大暴落。一時期は解体疑惑も出るほどだったが……。」
「『キラ王国』放映時代の軍資金で食いつなぎ、しぶとく生き延びていた。そして今――『メサイア教団全世界同時布教 今日午後6時から』か。」
◇
藍神襲撃から数分後 エジプト・ネクロポリス遺跡
黒服の男たちが、何かを待ち構えている。
その顔は緊張でひきつっており、その場にいる者を悉く緊迫させる。
固唾をのんで、男たちが「彼」が来るのを待っていると―――
その見た目は、あまりにもインパクトが大きいものだった。
青い眼を持つ、白い龍をモチーフにしたというジェット機。
その流線形状の機体、あまりにもこだわりが強くモデルとなったドラゴンをかなり気に入っている様子だ。
「お越しになられた!」
龍のジェット機から飛び降り、その手のリモコンでジェット機を着陸させる。
白い外套に身を包み瞳孔には漆黒の意志を宿した男。
間違いない―――先ほどまで、謎のエリアでデュエルをしていた海馬瀬人だ。
「兄様!」
「お待ちしておりました!瀬人様!」
海馬を「兄」と慕う少年と黒服の男たちに案内され、彼らは地下遺跡に入ってゆく。
果たして、この先には何が待ち構えているというのか――?
「Lycoris Recoil④Mind Games」
――仕事を終えた千束とたきなは、少し急ぎ足で先に歩き出したももこたちの背中を
追いかける。その様子はまるで、獲物に気づかれないように
距離を詰めるハンターのようでもあった。
「おーい! ちょっと待ってよ~!」
千束の軽快な声が響くと、前を歩いていたももこが振り返った。
「何か用ですか?」
千束は息を弾ませながら追いつくと、にこりと笑顔を見せた。
「いやいや、実はさ、あたしたち、この街に来たばっかりでね。
色々教えてもらおうと思って」
その言葉に鶴乃が目を丸くし、納得するように頷く。
「そうなんだ~! 道理で『リコリコ』ってお店の名前、聞いたことないと思ったよ~」
たきなはそんな鶴乃の明るい態度をじっと観察していた。彼女の視線は冷静そのもので、隠そうとしているものを見逃すまいとする意思がはっきりと伝わる。
不意にたきなが口を開く。その声は低く、問い詰めるような鋭さを帯びていた。
「……さっきの白い彼岸花のウワサって話……本当でしょうか?」
その言葉に、フェリシアが一瞬肩を跳ね上げるような仕草を見せた。
「えっ? ま、まだ気にしてたのかよ!」
彼女の明らかな動揺を、たきなは見逃さない。その小さな仕草や表情の揺れから、
フェリシアが嘘のつけない性格であることを直感的に見抜いていた。
(嘘がつけない性格のようですね……こういうタイプは隠し事に弱い)
たきなは無言のまま、視線だけでさらにプレッシャーをかけるように
じっとフェリシアを見つめ続けた。
(な、何かこのねーちゃん、苦手だ……)
その場の空気を和らげるように、千束が軽い調子で話を引き継いだ。
「さっきの噂と関係してるのか分かんないけど、夜になると何かに襲われたって事件が
ちょいちょいあるらしいんだよね。それをちょっと調べようかなって思ってさ」
千束が笑顔を見せながらも口にした「襲われた」という言葉。
その響きに、ももこの顔が一瞬だけ曇る。
「……襲われる、ね」
その短い反応の裏には、過去の記憶がよぎるような気配があった。
それは神浜市で過去に起きた、魔法少女たちだけが知る数々の戦いと犠牲の記憶。
(カルマ教団の生き残り……か? いや、神浜の魔法少女たちで
粗方始末したはずだけど……)
内心でそう思い巡らせるももこだったが、表情には出さず、口元を引き締めた。
「……そうなんですね。でも、それならなるべく首を突っ込まない方が良いかも。
ホントに犯罪の類だったら危ないし……」
柔らかく注意を促すような口調だったが、その言葉の奥には
「これ以上深入りしないで欲しい」という警戒心が込められていた。
たきなはその微妙な表情の変化を見逃さなかった。無表情のまま、
あえて鋭い言葉で揺さぶりをかける。
「……例えば、人間の姿に化けた悪魔のような怪物……とか」
「っ……!」
その瞬間、ももこの表情が僅かに硬直した。目の端で鶴乃が微かに反応し、
フェリシアも振り向く。まるで言葉が空気を刺すように、辺りが一瞬静まり返る。
その一言は、ももこの心に沈めていた記憶を引きずり出した。かつての戦い。
カルマ教団の悪魔……異形たちとの死闘。そして、仲間たちの傷跡。
冷や汗が背筋を伝う感覚を覚えながらも、ももこは努めて平静を装った。
それでも、その内心は明らかに揺れていた。
(この人たち……只者じゃない。明らかに私達の態度から情報を聞き出そうとしてる)
黒江の疑念は確信に近づく。リコリスの捜査官としての交渉術と駆け引きは
魔法少女たちよりも一枚上手だ。
「そ、そんな話、信じる人なんているの? ただの都市伝説とか、噂の類でしょ」
レナが軽く笑い飛ばすように話すが、その声にはわずかに緊張が滲んでいた。
千束の表情は変わらず明るいままだが、その瞳には冷静な光が宿っている。
(ふむふむ……この子たち、ただの市民じゃないね。何か隠してる。
たきな、さすがだよ)
心の中でそう呟きながら、千束は笑顔を崩さずに話を引き継ぐ。
「まあまあ、噂ってそういうもんだよね。話半分くらいで聞いて、
怖がるくらいがちょうどいいんじゃない?」
その場を和ませるように振る舞うが、その口調にはどこか試すような
ニュアンスが混じっている。それを感じ取った鶴乃が、慌てて話題を変えるように
口を開いた。
「そ、そうだよね! わたしたち、結構そういう噂とか好きだから
つい話しちゃったけど……あんまり気にしないで!」
「お、おう! そうそう、別にオレたちが詳しいわけじゃねーし!」
フェリシアは明らかに焦った様子で話を合わせる。その様子を見ていたたきなが、
内心で確信を深めていた。
(やはり……確実に何かを隠している)
「いやー、何かごめんね? 同世代の子たちみたいだから仲良くしたいなって
思って……」
「こっちこそ。わたしの実家、中華料理屋の万々歳ってお店やってるから
今度はこっちがおもてなししたいよ~」
「中華! いいねえ! 行く行く~!」
「じゃあ、お互い気をつけて……」
かえでが軽く会釈し、再び歩き出す一行。ピリついた空気が僅かに緩和した中、
それぞれの思惑が絡み合い、沈黙が路地に重くのしかかる。
夕闇迫る夜風がひときわ冷たく感じられる中、たきながふと呟いた。
「この街、やっぱり普通じゃないですね……」
「そうねえ。今もこっちを見てる視線があっちこっちから感じるし?
モテモテじゃん? あたしら」
千束が牽制するように路地裏や街角に目を向ければ、闇に溶け行く影の残滓が過ぎる。
一方で鶴乃とももこは視線を交わしながら密かにテレパシーで意思疎通を図っていた。
『まったくフェリシア、嘘が下手すぎ! あれじゃ疑われるなって方が無理でしょ』
『うっせーな! バカ鶴乃!』
『テレパシーなのに声デカいって! 頭に響く!』
鶴乃、フェリシア、レナが喧々諤々のテレパシーを飛ばし合う。
一方で黒江とももこは、千束とたきなについて考察していた。
『でも、あの人達、特殊な訓練を受けてる人たちのように思えます。
わたしたちを追ってくる足取りも、気配を消してるみたいで』
『ああ。だから急に声をかけられたみたいになってちょっと驚いたんだ。
良く分かったな、黒江』
『ちょっと新体操の経験があるから……体捌きの心得は、少し』
『でもさ、人間の姿に化けた悪魔とか、あの状況で思いつきで出てくる
フレーズじゃなくない? 実際自分で目撃するか何かでもしないと』
『もしかすると、あの2人もカルマ教団の悪魔と何か関係があるのかな……
邪悪な気配は感じなかったけど……気になるな』
リコリスと魔法少女。徐々にお互いの素性に近づきながらも、
「白い彼岸花のウワサ」についての調査を開始しようとしていた。
「そんじゃ今夜辺り、神浜の夜景でデートと行きますか、たきな♪」
「……言い方。」
しかし、白い彼岸花を巡る事件に介入しようとしていたのは彼女たちだけでは
なかった……
「予感~omen~」
存在しなかった城 謁見の間
白く荘厳な大部屋には、天幕の簾に覆われたカール大帝。
その目の前には、跪き忠誠を示している特使が一人。
そして、いつになく苛立っている魅上照。
「指輪の計算が合わない、だと?」
「は。現在確認できるソロモンの指輪の総数が二つ……いえ、一つ足りないのです。」
現在確認できる指輪の不足。
この事実にメサイア教団もたどり着いたようだ。
「二つ……そのうちの一つはルパン三世が持っているようだが……。」
「そのルパン追跡も兼ねて特異点征服部隊として送り込んだアディシェス騎士団の謎の消失、すでにやられたと見ていいでしょう。」
「くっ……。」
魅上の眉間にしわが寄る。
怒りの理由は、この存在しなかった世界にいた地位あるものであれば、ある程度の察しはついていた。
大司教カルネウスの謀反と、彼の自爆テロまがいの行動。
自爆の刹那に行われたソロモンの指輪のエジプト転送と、そのエジプトに出現した謎の少年藍神の襲撃。
そして、致命的な決め手となったのは、どういうわけか存在しなかった世界に出現した銭形。
「他の騎士団、否。小隊でもいい。すぐにでも藍神を……!」
藍神の抹殺のためにすぐに動けと叫ばんとする魅上。
その顔には過去キラとして冷徹に裁きを下した男とは思えない焦りがあった。
「魅上よ、落ち着け。」
「しかし……!!」
「藍神とやらはアルキメデスらに対処させるはずであろう?ならば次にすべきことは。」
「もう一つのソロモンの指輪の在処を探る。」
謁見の間の扉を開ける大司教エイダム。
しかしそれを魅上以外は誰も咎めない。
それほどの信頼を寄せているのか、或いは―――。
「魅上。気持ちは理解しているが、拙速は破滅を呼ぶ。ここの防備を疎かにするわけにもいくまい。」
「エイダム……猊下の御前だ、ノックをしろという……!」
「したが。」
エイダムは憐憫の眼で魅上を見る。
その中には傲岸さが入り混じっているが、。
「気持ちは理解しているつもりだが、まずはお前が落ち着け。」
「私は落ち着いている!」
「落ち着いてなどいない、落ち着いている人間は声など荒げぬ。」
「……!!」
「魅上。何ゆえにそこまで急ぐ?そうまでして藍神を追う理由でもあるのか?」
「それは……。」
病的なほどの神経質な彼には、大帝の余裕もエイダムの傲岸さも理解できなかった。
異常な几帳面さは、脱獄後さらに増した。
乱暴なことを言ってしまえば、己の思い通りの行動を全人類に(頭の中で)押し付けている。そしてそれがなされないと納得がいかない。
もはや一種の強迫観念、度を超えた完璧主義(わがまま)にも等しい。
どっしりと構え、あくまでも先を見据えるカール大帝。
その一方で感情と狂乱にとらわれている現在の魅上照。
両者の思想は相容れない。
大帝はともかくとして、魅上はそう考えていた。
相容れない。理解できない。
故に――。
「命を下す。これより最後の指輪の調査部隊を送り込め。位置はお前たちの判断に委ねよう。藍神はまだ泳がせよ。」
「はっ。」
「わかりました。」
「わかり、ました……!」
この時は歯ぎしり交じりに、肯定するしかなかった。
◇
「カール大帝、エイダム、カール大帝、カルネウス、カール大帝……!!」
会談が終わった後も、魅上の怒りは止むことがなかった。
歯ぎしりは止まらず、今にも歯が擦り切れてしまうそうな。
そこに、震えた声で教団の科学者が話しかけてきた。
「お、お伝えします、魅上様。」
「なんだ!さっさと言え!!」
魅上はストレスも相まって叫び出してしまう。
鼓膜どころか全身が恐怖で震える。
科学者の体をひきつらせてしまった。
魅上は数瞬はっとして、彼に謝罪する。
「……すまなかった、手短に頼む。」
「では、少し耳を―――。」
◇
同時刻 神浜
「ここが、神浜。」
始まりの地に、黒いコートの男が立つ。
己の得物のために手先を鍛えているのだろう、黒い柄のカードを掌の上で増えしたり裏返したり。
ルクソードだ。
『ルクソード、そちらはどうだ?』
「無事だ。」
念話で、同胞たるモリアーティと会話する。
その目的はやはり―――。
『こちらも無事だ、何も起きてない。童美野町に向かう前だというのに最後のソロモンの指輪の調査に向かうとは。体力的に大丈夫かネ?』
「童美野町に向かうのは数日後であろう。何。その前の幕間だ、すぐに戻る。」
『気をつけろ、そういう時にこそ何かが起きるものだ。』
「分かっているさ。」
「さて、果たして指輪の手掛かりはあるものか……。」
そうして彼は行動を開始する。
だが、まだ彼は知らない。
この神浜に巣くう「ウワサ」、その影を―――。
「魔法少女を殺す魔法少女」
白い彼岸花のウワサを巡り、調査を開始する者たち。
そして……
「危ないところだったわね」
「ありがとう、助けてくれて! あなたも魔法少女なんだ?」
「ええ。わたし、スズネ。あなたの名前、教えて? ……そう、いい名前ね。
それじゃあ……」
「え……?」
「さようなら」
とある街で、女子中学生連続殺人事件が発生した。犯人は見つからず。
被害者の共通点は公には判明しなかったが、全員「魔法少女」であった事。
神浜の外からやって来た、「魔法少女を殺す魔法少女」。それは……
――数日前。神浜市、廃工場。
その廃工場の中では不穏な空気が渦巻いていた。薄暗い室内に積もった埃が、
微かな風に舞い上がり、月明かりが細かな粒子を照らしている。
その中央には、一つの古びた箱。呪符に覆われたその箱からは、黒い瘴気が漏れ出し、
周囲に不気味な音を立てていた。
そして、その闇の中心に立つ一人の少女――天乃鈴音。
その目はどこか物憂げで、深い闇を抱えているかのようだった。
「……恐ろしいほどの魔力。魔女の結界が開いたのかと思うほどの。
こんなものを持ち込むなんて、一体どんな奴が……」
彼女の手には、大剣が握られている。その刃は月光を浴びて淡い輝きを放ち、
瘴気の闇を切り裂く意志を宿しているように見えた。
「早い内に壊すに限る……」
箱が突然、低い唸り声を発した。瘴気が激しく渦を巻き、
空間全体が軋むような音を立てる。そして箱から黒い影が這い出し、
怪物のような異形の姿を形成し始めた。
「……来たわね」
彼女は冷静に剣を構え、足元を固める。
その姿は、何度も死闘をくぐり抜けてきた者の風格を感じさせた。
「キシャアアアアォォォッ……」
怪物は鋭い爪を振り上げ、咆哮と共に鈴音へと襲いかかった。
空気が震えるほどの勢いだったが、鈴音は微動だにせず、
狙い澄ました一閃でその前足を切り裂く。
「そんな鈍い攻撃じゃ、私には届かない」
「ガァァァッ……ウゥゥゥゥッ……」
彼女の声には冷たい響きがあった。怪物は傷ついた体をよじらせながらも
再び立ち上がり、次々と新たな分身を生み出していく。
増殖する疫病が如く、夜の闇そのものが彼女に牙を剥いているかのようだった。
「さっさと仕留める……」
鈴音の身体から燃え立つ、魔力と熱を帯びた紅蓮の炎。
それは冷たい無表情の貌の内に秘めたる闘志。怒り。そして尽きぬ哀しみ。
「!? ………!!」
照明も無い暗闇を一際輝かせる炎。
その先にある鈴音の威圧感を本能で察知し、怯む怪物であったが、
「クァァァァァァアアアアアアッ……!!」
怪物が振り下ろす拳。鈴音は飛び上がって回避。空中で美しい弧を描き、
炎の短剣を複数生成し、頭上から雨のように降らせ、
怪物の身体のあちこちに突き刺してその場に固定する。
「ギオッ……ア、アア……!!」
「――死になさい」
急降下してくる鈴音が赤熱化した大剣一閃、怪物の脳天から真っ二つに溶断する。
全てを切り裂き、全てを焼き尽くす。それが鈴音の戦闘スタイルだ。
「ウオ、オ、オ……」
怪物は呻きと共に息絶え、黒い灰燼となって風に運ばれていった。
「さて、後始末を……あ」
呪いの箱を破壊すべく鈴音が振り返ると、そこにあったはずの箱が
忽然と消えていた。
「逃げた、って事……?」
怪物を生み出したのは、防衛機能の一種。その隙に、箱はその場から転移したのだ。
「手間ばかり取らせる……作った奴は相当に底意地の悪い輩だわ」
その箱を持ち込んだ者。それはかのキャスター・リンボだった。
神浜炎上事件において、街に鬼や悪霊を異形を溢れさせた箱。その置き土産。
リンボが去り、行方をくらませた現在においても、主を失った箱だけはこうして
神浜の街を転々と飛び回っては近づくものに怪物をけしかけていた。
「キュゥべえが言った通り、おかしな街みたいね……ここは」
変身を解き、鈴音はその場を立ち去る。お守りに備え付けられた鈴の音は
死神の到来を告げる合図か。
「白黒遊興~Apocryphal Playground~」
エジプト 地下遺跡
「ピースはすべてそろっているのか?」
「はっ。全て揃っております。」
海馬たちは、地下深くに存在する遺跡へと向かう。
そこでは、現住民である作業員たちが彼らを厳粛に待っていた。
―――まるで王を待つ民のように。
その奥、厳重に電磁レーザー装置で守られた何か。
これこそが、海馬の求めている「ピース」なのだろう。
(ここか、王の魂が武藤遊戯と戦いこの世を去った場所……!)
セキュリティ装置で守られたピースを睨む。
「パズルを復元させる、直ちにヘリに運べ磯野。」
「はっ!セキュリティのロック解除まで、13分の猶予をくださいませ!」
――刻限までは13分。
「ふん、退屈しのぎにはちょうどいい……。」
それならば、何かの退屈しのぎはできよう。
そして――
「いい加減出てきたらどうだ?それとも闇に紛れていつまでも隠れているつもりか……ディーヴァ!いや、藍神と名乗るものよ!」
荘厳に叫ぶ。
叫びに応じて、白い外套に身を包んだ「彼」は海馬の前に姿を現す。
「ふふふ……ボクの本当の名前までも、お見通しとはね!!」
身に着けていた外套を投げ捨て、藍神―――否、ディーヴァは出現する。
藍神とは世を忍ぶ偽りの名。
その真名こそは、ディーヴァ。
ある人物への復讐のために立つ、恐るべき存在である。
◇
そのころ、神浜での指輪捜索に出向いたルクソードはというと――。
「さて……。」
彼の下に、一台のタクシーが来る。
手を挙げて、呼び止めたのだろう。
「私はここに来たのは初めてでね。とりあえず近くの案内していただけるな?」
「どうも。入って。」
タクシーに乗り、ルクソードは行く当てもなく道をゆく。
「暑かったでしょう?そんな黒コートなんか着て。」
「私は……大学の都市伝説研究サークルの顧問でしてね。こういうのは形からですよ。」
「オカルトサークルの顧問ってのは、そういうところから入るもんですかい?」
「ははは、よく言われます。」
もちろん即興の嘘だが、少なくとも目の前のタクシー運転手に素性を詮索されない嘘としては上等。
事実運転手はこれ以上の詮索をやめている。
雑談の中、何かを思い出したのか、運転手は妙なことを話し始めた。
「しっかし都市伝説、ねぇ……私はテレビでしかそういうのは見ませんし深く信じる方でもないんですよねぇ……。あーでも。おたくの参考になるかはわかりませんが、うちの息子がちょっと前にそんな話しましてね。」
「詳しく聞いても?」
自称・都市伝説研究サークルの顧問を演じているルクソードは、興味津々に聞き始める。
「息子が通っている小学校で『白い彼岸花』とかいうウ……いや、都市伝説が流行っているんです。なんでも「月夜に咲く『白い彼岸花』を見かけたらすぐ逃げろ、花に血が付く前に逃げないと『花の悪魔』に八つ裂きにされるぞ~」とか何とか。」
(ふむ、白い彼岸花……確か「リコリス」か。マールーシャであれば食いつきそうなものであったが……この場にいない者の事を考えても何も始まるまい。)
過去の同志を想いながら、話を聞き続ける。
花の悪魔、とはその学校で流行った仮称。
本当の名前ではないのであろうが、ルクソードのような『神浜に巣くうウワサ』をよく知らない者としては納得のいく仮称である。
「心霊とか都市伝説とか、そういうのに食いつく年ごろなんでしょうねぇ。」
「……ここは、そういう話がよく流行るのですか?」
「時折、ですが。」
運転手の息子―――否。
この神浜の小学校を、さらに言うと神浜に住まう子供たちの間で流行る「ウワサ」の数々。
聞いているとどうも、ここは「そういうもの」が他と比べて流行る場所、らしい。
件の白い彼岸花のウワサも、その一つに過ぎないのであろう。
(白い彼岸花のウワサ。仮にそれが指輪の力によって呼び出されたものであれば―――少なからず手掛かりにはなるか。)
『今日の神浜市は終日快晴。夜には月がよく見えるとのことです。家族で……。』
終日の快晴を告げる、天気予報中のカーラジオのアナウンサー。
今宵はいい月が見える。
探し出すならば、いい頃合いであろう。
「では、その辺で下ろしてくれ。代金は……。」
「確かにいただきました。まいど。」
代金を払い、タクシーを降りる。
周囲に教団兵士の影はない。
大丈夫だ、ここまで何も問題はない。
「ああ―――気を付けてくださいね。」
「それは、先の白い彼岸花のウワサのことですかな?」
「まさか。足元の方ですよ。」
ジョーク交じりにそんなことを言った運転手とタクシーを見送り、彼は歩みを進める。
「夜、か。」
神浜は参京区。
黒コートの男は、そこで時を待つ―――。
「Lycoris Recoil⑤リコリス対魔法少女」
――夜の神浜市。
ネオンの灯りが街を彩る中、千束とたきなは情報収集のため、
それぞれ別の方向に分かれて行動を開始していた。
「千束、私たちの目的を忘れないでください。無駄に目立つ行動は避けるべきです」
「わかってるってば! あたしを誰だと思ってんの?」
軽快に答える千束に、たきなは小さくため息をついた。
一方、ももこたちも神浜市の夜を歩いていた。目的は「白い彼岸花」の噂に関する
新たな手がかりを得ること。
「みんな、気を引き締めてな。今回は普通の噂話とは違う。
何かしらの異常が潜んでいる気がする」
「はいな、お任せあれ~!」
「なんかドキドキしてきた……」
「ビビってんじゃないわよ、かえで!」
夜の神浜市は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、
街灯がオレンジ色の光を地面に落としていた。その光はまるで、
闇の中に浮かぶ無数の小さな島のようであり、路地裏の影はさらに深い暗黒を
形成している。
「この街、やっぱり普通じゃないですね……」
たきなの冷静な声が、静寂を破るように響く。
彼女の目は、周囲の気配を敏感に察知しながら、鋭い光を宿していた。
視線は常に動き、油断を許さない。
「そうねえ。退屈はしないで済むかも」
千束の軽口には、わずかに張り詰めた空気を和らげる意図が込められている。
しかし、その瞳の奥には冷静で鋭い光が宿り、彼女が遊び心だけで
言っているわけではないことを感じさせた。
二人が路地を進むたびに、影が動き、何かが遠巻きに彼女たちを見ているような錯覚を
覚える。その緊張感に、たきなはより一層警戒を強めるが、千束は肩の力を抜き、
リズミカルな足取りで歩き続けた。
「千束、もう少し慎重に行動してください。私たちは遊びに来ているわけではありません」
たきなの真面目な忠告に、千束は振り返って軽くウインクをする。
「わかってるってば! ほら、ちゃんと警戒してるでしょ?
こう見えても、あたしってば超プロなんだからさ」
軽妙なやり取りの裏で、二人は確実に目的地へと近づいていた。
街灯の光が届かない暗い路地で、一瞬の静寂が訪れた。わずかな風が吹き抜け、
紙切れが宙を舞う。その背後から、まるで影そのものが動き出すように、
フードを深く被った人物が現れた。
天乃鈴音。彼女はゆっくりと姿を現し、深い闇に覆われた瞳で千束たちを見据えていた。その視線には感情が宿っていない。
まるで、目の前の相手をただの標的として見ているようだった。
「こんな夜中に何してるのかな?」
「……」
千束の軽口が鈴音に向けられるが、返事はない。ただ静かにフードの奥で瞳が揺れ動き、鈴音は一歩前に踏み出した。
「!? あれは……」
鈴音が、フードの奥から取り出したのは……
「白い……彼岸花……?」
すう、と鼻先に添えた白い彼岸花の香りを嗅ぐ。
「……千束、彼女、ただ者ではありません。気をつけて」
「オーライ」
たきなが低い声で警告する。鈴音の動きには無駄がなく、その足取り一つ取っても、
ただの通行人ではないことは千束の目にも明らかだった。
「ふむ、了解了解。それじゃあ……お手並み拝見ってとこかな!」
千束は一瞬で銃を構えた。その動きは流れるようで、隙がない。
しかし、鈴音もそれを待ち構えていたかのように、大剣を抜く。
「おほぉ、ご立派な得物だ事」
その鋭利な刃が風を切り、千束に迫る。
「っ、速い!」
「千束!!」
千束はすぐに身を屈めてかわすと、たきなが銃口を鈴音に向けて引き金を引いた。
銃声が闇夜に響き渡り、火花が散る。しかし、鈴音はその射線を軽々と避け、
さらにもう一歩前へと踏み込む。
「無駄な抵抗はやめたらどう?」
鈴音の冷たい声が闇に溶け込む。その声には、何の感情も込められていない。
ただ機械的に相手を追い詰めるかのような冷徹さがあった。
「たきな、下がって! ここは任せて!」
千束が叫ぶと同時に、たきなは一歩後ろに下がり、鈴音の次の動きを観察する。
千束はまるで踊るような身のこなしで鈴音に近づき、彼女の手首を狙って銃を向けた。
「手加減はしないからね!」
しかし、鈴音は一瞬でその攻撃を読み取り、体をひねって反撃の蹴りを放つ。
千束はそれを紙一重でかわし、銃口を再び鈴音に向けた。
「よくも動く……」
「ちょっとばかし、目がいいもんでね……にしても、いつまでやれるか……!!」
魔法少女殺し・鈴音と、最強のリコリスことファースト・リコリスの称号を持つ千束。
中でも特筆すべきは、その超人的な動体視力。
相手の筋肉の動きから、次なる行動を瞬時に読み取る。
二人の戦いは、まるで刹那の駆け引きそのものだった。一瞬でも気を抜けば、
どちらかが致命的な一撃を食らう――そんな緊張感が場を支配している。
「……あなた、何者?」
千束が息を整えながら問いかける。しかし、鈴音は答えず、
フードの奥で微かに笑みを浮かべた。その笑みには意味深なものがあり、
千束はその一瞬の隙を見逃さなかった。
「なら、これでおしまいだよ!」
千束の放った銃弾が鈴音の足元に着弾し、粉塵が舞い上がる。
その隙に千束が一気に距離を詰め、鈴音の手首を掴んだ。
「終わりだって言ってるでしょ!」
「ふっ……」
だが、鈴音は冷静だった。彼女は軽く体をひねり、千束の手をすり抜けるようにして
距離を取る。そして、無言のまま闇の中へと消えていった。
「……逃げた?」
たきなが慎重に周囲を見渡しながら千束に近づく。
「撤退って感じだね。あの子、ただの襲撃者じゃない。何か目的があるみたい。
それにしてもすんごい馬鹿力……振り解かれた腕ごと持って行かれる所だったわぁ」
「白い彼岸花……彼女がウワサの正体なんでしょうか……」
二人はその場に立ち尽くし、闇に溶けていった鈴音の姿を見送った。夜の神浜市には、
まだ知られざる危険が潜んでいる――神浜の外からやって来たはずの鈴音が、
何故白い彼岸花を持ち歩いているのか。そして、本来の彼女らしからぬ言動の理由は
果たして……
「魔法少女でもなさそうなのに、あんな連中がいるなんてね……
返り血を浴びるにはこれ以上無い獲物じゃない?」
ひとり、白い彼岸花に語りかける鈴音。そう、彼女は「選ばれて」しまった。
恐ろしき都市伝説に……
「馬鹿デカい魔力反応があったのはこっちか!?」
「ん……」
鈴音の魔力反応を追って、千束とたきなの前に現れたももこたち……
既に魔法少女の姿に変身して臨戦状態だ。
「あ、昼間の……それに、その格好……」
「喫茶リコリコの……何で銃なんか……」
「「やば、見られちゃった……」」
リコリスと魔法少女。素性を隠し、人知れず社会の闇の中で戦う少女たちが
神浜の街で、出遭ってしまった。
「策略 その1」
午後5時30分。
警視庁の会議室は、緊迫に満ちていた。
張り詰めた空気は空気の詰まった風船のごとく。
冗句の類は許されない、赦してはならない。
「……遅くなりました!」
ドアを勢い良く開け、見回りから帰ってきた松田が入ってくる。
「松田か。そろそろだ。」
「ああ、6時からのあの放送ですよね。」
同僚の刑事が苦々しい表情でモニターを見つめる。
その目には義憤と、一種の呆れのような憐みが混ざっていた。
まるで我儘をのたまい泣きじゃくる子供か、或いは不倫がばれたからって開き直る人間の言葉を聞いている大人たちのような。
松田桃太だって実のところ半信半疑だ。
何せこの番組の放送局は。
「さくらTVだからな、ドッキリであってほしいと願っているよ。」
「本当ですね……僕もそう願っている。」
実のところ、さくらTVとは業界内でも「嘘と虚飾、拝金主義の権化」と揶揄されるほど心象が悪い民放であった。
その事実は廃業寸前の憂き目にあっても尚、消えていないどころかさらに強くなっている。
そして―――視聴者もそんな視聴率目的の嘘につられるような愚者ばかりではない。
実際、街中の民衆はみな口々に呆笑する。
「メサイア教団の全世界同時布教だぁ?金の匂い見え見えだっての!」
「さくらTVでしょ?誰が見るのあんな嘘つきテレビ局。」
「拝金主義もここまでくると滑稽だな、本当に呆れるぜ。」
往々しく掲げられたさくらTVのモニターに見向きすることなく通り過ぎるばかり。
見ている者がいるのなら、精々物好きの変わり者か暇人かだろう。
ただ、彼らは例外である。
例え嘘と虚飾、拝金主義の権化がごとき内容であったとしても。
ほんの少しでも真実がある可能性があるのならば。歯を食いしばってでも見るしかない。
「あと15分……。」
同時刻の天王洲アイル 某ホテルの一室
「時間か……」
ホテルに備え付けられている時計を見る。
針は刻一刻と進み、今となっては5時45分。
『こちらルクソード。ソロモンの指輪の気配、神浜はハズレだ。だが、少々面倒なことになりそうだ。』
「そうか。戻れそうか。」
『戻れるとは思うが……どうかしたか?』
モリアーティは深刻な表情で、神浜のルクソードと通話する。
神浜にソロモンの指輪はないし、教団の影もない。
だが、あちらでトラブルに巻き込まれているようで、少々帰還が遅れるらしい。
「戻ってきたら即刻我々の部屋に来るがいい。驚きのものが見れるぞ。」
『期待しよう。では、少し花を摘んでくる。』
「ギャンブルとカードの事ばっかりなイメージのお前に、そんな少女趣味があったとは……。」
『喩えだよ、では。』
一歩喩えの解釈を間違えればアレな事になっていた。
「もっと他の喩え方はなかったのかネ。」
彼の比喩に呆れつつも、モリアーティは作業を進める。
「さて、録画装置と……。」
DVDレコーダーとテレビをつなげ、その時を待つ――。
◇
『全世界の皆さん、メサイア教団の王にして新世界の「神」―――魅上照です。』
新世界の神。
かつて夜神月が自称した、清く正しき世界の頂点に君臨する者にこそ許された、最も傲岸な二つ名。
そればかりか、カール大帝を差し置いて自らを教団の頂、即ち王と自称するその傲慢さ。
そこには、かつてない狂気があった。
その根底にあるものが何かまでは分からないが、今の魅上は何かが違う。
『我々は13日後、この穢れ切った世界を純化いたします。もはやこの世界に救いはない。』
だが、それ以上に。
「魅上……!?」
松田の表情が驚嘆に満ち満ちる。
―――彼は、この男の顔を識っている。
その末路もSPKのリーダー伝いには聞き及んでいる。
故にこそ、その驚嘆は正しい。
死んで地獄に落ちた筈の亡霊が、なぜか生きているのだから。
「……今は最後まで聞こう。」
叫び出したくなった松田を諫めるのは、隣の刑事が「あの後」の事を何も知らないからであろうが。
松田はただ歯を食いしばり、見届けるしかできなかった。
『ただ、純化と一口に言っても理解できないと思われるので、この映像を見て判断していただきたい。』
その言葉の後画面が切り替わる。
撮影場所は……海上。
海のどこかの島が映っている。
ところどころに文明の灯があり、人が生きていることを告げている。
およそ、視聴者の全員の頭に「???」の文字が浮かんだ、その瞬間だった。
「「「「!!!??」」」」
耳を裂くような爆音。
画面いっぱいに咲く赤い炎。
その日、地球上から名もなき島が一つ消失した。
闇夜に紛れて攻撃の元はよく見えなかった。
だが、攻撃の正体までは分かる。
ただ一つの爆撃だ。
どういう原理かまでは理解できなかったが、メサイア教団は”たった一個の爆発物”で、島一つを地図から消し去ってしまったのだ。
「嘘だろ……!?」
「島が……燃えている!?」
「なんて連中だ……!」
「さ、流石に……合成映像だろ……?」
戸惑い、驚き、なおも疑う。
民衆の考えていることは「この爆撃は、良くできたドッキリ映像だったと言ってくれ」という儚い願いだった。
だが―――それすらも。
「いや……これ。真実だ。」
「他局でもさっきの爆発のこと言ってるよ……!!」
他局の緊急中継、臨時ニュースで現実だと分からされる。
こうして、民衆はみな、今回ばかりはさくらTVの言っていることが真実だと理解した。
『我々の持つ浄化の力を口で説明しても信じてもらえないと思い、一つ無名の島を「削除」いたしました。ですがこの島には無能な法律故に裁かれなかった犯罪者どもが隠れ蓑として多く生息している。削除されて当然の悪の巣窟です。もちろん先の爆撃は他の場所でも十分可能です。リクエストがあればいつでも攻撃いたします。』
「ば、馬鹿な!」
「島を丸ごと消し去るなんて……奴らのどこにそんな武力が!?」
警視庁会議室でも同じ困惑が起きていた。
その瞬間、再び会議室のドアが開き。
「動くな!」
「少しでも変な真似をすると撃つ!」
メサイア教団の雀蜂総勢30体が入り、中にいた刑事たちにマシンガンの銃口を突きつける。
「大人しく座って我らが王の演説を聞け!」
「滅びを越えて……蘇る鋼の心」
ついに「純化」と言う名の蛮行に及んだメサイア教団、もとい魅上照。
彼らによって消滅した島。その衝撃は、世界各地を揺るがした。
――パラガスの島。
「始まったか……いよいよ以て、奴らの暴走が本格的に……」
東の空に立ち昇る光の柱。メサイア教団によるものだと言う事は
パラガスも理解していた。
「宇宙で最も環境の整った星、地球……だが、そこに住まう者は自らの母星も汚すも
厭わぬか……地球人も、サイヤ人も、自ら滅びの道を突き進む運命にあるのやも知れん。
しかしだ……」
パラガスが抱く、一抹の期待。
「銭形……俺はお前に賭けてみようと思う。俺に出来る事は、そのくらいだ……」
――その銭形は。
「島が消えた……?」
銭形の声は、驚きと苛立ちに震えていた。目の前に広がる映像は、
あまりにも非現実的だった。人間がそんなことを成し遂げることができるのか――
だが、次に入ってきた情報が、彼の疑念を払拭した。他局の緊急速報。
事実だと確認された瞬間、銭形は椅子から立ち上がり、机を力任せに叩いた。
「や、やはり、あれは魅上照だったんだ……!!
わしが、わしがあの時奴を逮捕出来ていたなら……ぬうううおおおおおおおお!!」
「存在しなかった世界」で対峙した銭形と魅上。
カグヤからもらった護符を失い、地上に強制送還されると言うハプニングさえなければ……
やり場のない後悔の念が銭形を襲う。
「……ルパン、貴様も何処かでこの状況を見ておるのか……!?」
いつも追いかけている因縁の相手――だが、今回ばかりは違う。
銭形は瞬時に判断を下した。この事態を放置すれば、世界がどうなるかわからない。
「まずはこのふざけた教団だ……放っておくわけにはいかん! 今度こそは……!!」
彼の目には決意が宿り、動き出す足取りには一切の迷いがなかった。
――トゥアハー・デ・ダナン。
「状況は!?」
「超上空よりもたらされた大量破壊投下により、島が消失!! 生存者は……」
クルー達が慌ただしくオペレートする中、悟飯の心は嵐のように揺れ動いていた。
「ぐ……くく……!! あ、あいつら……!!」
悟飯の瞳は、モニターに映し出された燃え盛る炎と消えた島の跡に釘付けになっていた。胸の奥で、怒りと焦燥が混じり合った感情が沸き上がる。島ひとつを消し去る力――
それは、かつてフリーザが惑星ベジータを滅ぼした瞬間を彷彿とさせた。
だが、今回は違う。宇宙の独裁者ではなく、人間が引き起こしたものだというのか。
「犯罪者が潜んでいるからって、島の人達を丸ごと……!!」
思わず拳を握り締め、テーブルを叩きそうになるのを堪えた。
額に滲む汗をぬぐうことも忘れ、悟飯は画面を睨みつける。
「悟飯さん……」
「これが覚醒した彼の力なのね……激しい『怒り』の感情が、これだけの力を
湧き上がらせるなんて……」
いろはややちよは、その背中から迸る悟飯の気の高まりには寒気すら走るが、
同時に彼の戦士としての本能が叫んでいた。
チチや悟天、そしてビーデルのことを思い浮かべる。
彼らに危害が及ぶ未来を想像するだけで、怒りがさらに燃え上がる。
「ホンット……とことん腐ってるわね、メサイア教団の奴ら!
ドラゴンボールも、今どこにあるか分からないってのに!」
かつてメサイア教団に拉致された事に加え、
クリリンからもたらされたドラゴンボール消失の情報も手伝って、ブルマも
かつてなく怒りを露わにしていた。
だが、悟空やベジータ、そして頼りにしているピッコロは現在、
暗黒魔界に向かっており不在。彼らの力がない状況で、自分たちに何ができるのか……
「……僕だけでも動かなきゃ」
「怒るのは尤もな話だが……落ち着きな」
がっ、と悟飯の肩を掴むのは、承太郎だった。
「承太郎さん……」
「お前がここでプッツン行っちまったら……この艦の奴らも危ういぜ。
それに……メサイア教団の連中は今までも狡っ辛い罠を何度も仕込んできやがった。
こそこそドブネズミのように影から影に飛び回ってた連中が、ここに来て
こんな大胆な行動を取ってきた……あたかも、俺達に見せて知らせるようにだ」
「そうですね……ありがとうございます。僕は、昔から……カッ、と頭に血が上ると
冷静さを失って、自分で自分が抑えられなくなってしまう事があって……」
ただ闇雲に突っ走るだけではいけない。相手の正体や力を知り、
慎重に行動しなければならない。彼は冷静さを取り戻し、深呼吸をひとつ。
「罠、だと……?」
「その可能性は高い、って事だ。だが、俺だってこのままにはしておかねえ……
『吐き気を催す邪悪』ってのは……世の中、割といるようだぜ……」
――レッドリボン軍・秘密基地。
反・マゼンタ派の頭目・21号はチェアで脚を組み、
スイーツを頬張りながら画面をじっと見つめていた。
瞳に映る燃え盛る島の跡。自らを「神」と名乗る男の演説と、その狂気に満ちた行為。
「あっはははははは……ただの人間が神様気取りですって。笑っちゃう。
虎の威を借る狐とは良く言ったものだわ。それにしても、跡形もなく消しちゃうなんて
勿体無い。スイーツにしちゃえば小腹も膨れるのに」
トラオムにてメサイア教団と同盟関係を結んでいた21号。
「……食べ過ぎではないのか」
ぬう、と21号の背もたれの後ろに立つ、巨漢がひとり。
「だってお腹空いたんだもん。脳を使うと、糖分が必要になるの」
そう言って、スイーツに伸ばす手がますます速くなる。
「紅茶、ありがと♪ 16号」
「……」
オレンジのモヒカン頭に、重厚なプロテクター……憂いを帯びた瞳……
人造人間16号。ドクター・ゲロの亡き息子をモデルにして造られたが、
自然を慈しみ、戦いを好まないと言う本来の運用思想から逸脱し「欠陥品」の烙印を
押された……孫悟空抹殺の任務を帯びながらも、セルの危険性を察知したことから
Z戦士らと共にセルゲームに参戦した末に、破壊されたはずの男。
その彼が、何故……?
――???
「あっはっはっはっは……始まった、始まった! 人間同士が飽きもせず
滅ぼし合い、殺し合い! まったく滑稽ったら無いねぇ!!」
両足を鳴らし、腹を抱えて笑う。禍津星穢。
「さあ、正義の味方としちゃ、黙ってるわけにはいかないよねぇ、
CROSS HEROES? メサイア教団共々、仲良く滅ぼし合うが良いさ!」
各々の思惑が交錯する中、狂気のメサイア教団による大規模侵攻作戦が
リ・ユニオン・スクエア全土を震撼させる……
「策略 その2」
『改めて言います。我々の目的は「人類の純化」です。』
「くっ……!」
天宮月夜は、唇を噛んでいた。
たとえ犯罪者の巣くう島とはいえ、何も知らせないまま突如死を与えた暴虐。
許せるわけがない。
「メサイア教団……純化……だと!」
叫んでしまいそうだ。
「兄さん。気持ちはわかるけど落ち着いて。ボクだって歯ぎしりしているよ、正直。」
妹の彩香は兄の手を握り、画面をただ見続けている。
その様子をモリアーティは、ただ黙って見届けていた。
◇
警視庁 会議室
「質問があれば受け付ける。魅上様はいつでも答えられる状態にあるとのことだ。」
ざわめき、お互いに顔を見合わせる。
そのうち刑事の一人が手を上げ、質問を投げかけた。
「人類の純化と言ったな、その具体的な方法は?」
ははは、と嘲笑交じりに魅上は答えた。
取るに足らない質問だといわんばかりの嘲弄。
その傲慢さは純粋な狂気に奔走する、狂える王のごとく。
『……人類の純化、決まっている。この地球から悪を消す。犯罪者、戦争にかかわるものを筆頭に例外なく。社会貢献を行わず、暴利を貪る悪を削除する。過去我らが神がそうしたように、な。』
我らが神。
そして目の前の画面に映る男は間違いなく魅上照。
そこから導き出される答えは、ただ一人の悪。
「……夜神、月、くん。」
「松田……。」
曇った松田の顔を、隣の刑事はただ悲しげに見ていた。
『そうだ、神……キラの遺志を継いだ組織こそが我々です。ならば我々はその遺志に隷属するのみ。つまり……。』
「お前たちの言う悪人をその武力で殺し尽くせば理論上は地球から悪人が消え去るというわけか。馬鹿な、それは机上の空論だ。できるわけがない!」
『キラは事実そうして世界中から犯罪者を消す、あと一歩の段階までできていた。あんなガキに殺され敗北したのは無様だった。だが今の我々ならその一歩を踏むことだって可能。可能ならば実行するのみです。』
キラすら「無様」とせせら笑う。
少なからずキラに同乗していた松田もこれにはたまらず立ち上がり、魅上に叫んだ。
「ふざけるな!殺戮の恐怖で押さえつける平和など、本当の平和なんかじゃない!それはただの独裁だ、お前たちの言う悪じゃないのか!」
鼻で笑いながら、魅上は返す。
『これは正義だ。ならばお前たちの信奉する法律で犯罪を根絶できたか?戦争を終わらせられたか?忌まわしい迫害をこの世からなくすことができたか?事実できてない。そんな無能の役立たずに何の意味がある?』
「意味ならある!殺さなくたって人は変われる!そう……信じてる………!」
拳から血が出そうになるほど握りしめながら、松田はゆっくりと席に座った。
魅上は冷酷に彼の怒りを嘲笑う。
『下らん感情論だ。真面目に聞いて損したよ。話を続けましょう、ここから先は「取引」です。まずはこれを見ていただきたい。』
そうして、玉座のようなものに座る彼の横に、兵士たちの手で大量の資料が入った箱が積み込まれてゆく。
その全てが、何かの経歴表だ。
『今ここにあるのは現時刻まで国・年齢・規模を問わず犯罪を行った者、法で裁かれるものから未成年のいじめ、ネットでの誹謗中傷といった現行法では消すことのできない邪悪を為した人間のクズ……即ち「殺すしかないウジ虫」のリストです。これも私が「殺せ」と命じれば削除できることをお忘れなく。』
今、この光景を見た誰も彼もが顔を見合わせた。
いつの間に、こんなことが。
自分も、隣人も、友人も、家族ですら彼らの手の内。
王が命じればいつでも殺せてしまうという残酷。
『それを踏まえたうえで、我々は今あるものを探しています。』
スライドショーのように切り替わる画面。
そこに映っていたのは、黄金に輝くブローチのようなもの。
ルビーやサファイヤ、真珠が埋め込まれた縁の真ん中には、巨大な琥珀石が埋め込まれている。
見るからに高価な秘宝。
「これは『魔術王の護符』という取るに足らないお宝です。それを今から送る座標まで持ってきていただきたい。もし持って行った場合、その国の全国民は来たる『浄化の日』には見逃し、我々の管理下で永劫の幸福をお約束いたしましょう。その国の抱える借金や問題もすべて解決し、国民に真の充足をお約束いたします。対象は一国家のみ、万が一偽物を持ってきた場合はその時点でその国の国民は全員殺します。』
〈完璧な管理の為に:その1〉
_杜王町近郊。
仗助や甲児、アタランテや罪木オルタが見上げた先。
進軍するミケーネに向かい、空の果てから次々と飛来し降り立って行く、様々な人型の巨影。
ソレは空中の戦闘獣や空中要塞を、すれ違い際に破砕し、両断し、時に踏み抜いて貫通し。
やがて地上の戦闘獣やミケーネ兵を二本の巨脚で潰しつつ、郊外の大地を抉る様に着地した。
「な、何事だっ!?また、新たな勢力か…?」
一瞬にして攻勢の出鼻を挫かれたミケーネの神々が、その巨体の正体を見渡さんとする。
舞い上がった瓦礫や土煙、或いは潰れた同胞の出す血霧。
視界を遮るそれ等の先、下手人の姿を捉えようとした矢先。
「_グロロロ…愚か、余りに愚か。」
中央に佇む一人が振り上げた、巨大な剣…
否、竹刀。
巨人の竹刀が煙を裂いて分け、その主の顔を露わにする。
「神ともあろうものが、不完全な生物が如く野蛮に力を振るう様は、特にな。」
「_貴様は、そうか。」
その武道面に、ミケーネの一柱が理解を示すと同時。
武道面の男は、竹刀を逆手に持ちて地に突き立て、その剣圧が煙を一瞬にして晴らす。
そうして晴れた視界の先で。
「…のぅ?ミケーネの神々よ。」
「完璧、超人。」
完璧・無量大数軍の面々が、その首領たるストロング・ザ・武道が、巨大な全容を露わにした。
「武道…!?」
「なんでアイツが、ここにっ!?」
驚愕に染まった仗助が、武道の巨大な背中を見上げる。
巨体に似合った…否、或いはソレ以上の威圧感を放つ後ろ姿。
どれだけ他人の感情に無関心な者でも、その圧の意味が分かるだろう。
「…随分とドス黒い『怒り』を持ってやがるな、あの武道服。」
憤怒…そう罪木オルタは断定した。
怒りや憎しみに一度は溺れた彼女だからこそ、断言出来た。
「いや、『神は自らを真似て人を作った』…ならばその不完全さ、暴虐ぶりが似通うのも必然か。」
「_は?」
「さりとて、神たる者が斯様な在り様である事を、我は哀れむぞ。グロロロ…」
淡々と…しかし滲む様な怒りを確かに宿し、武道は神々を見据えて紡ぐ。
その静かな憤りに、重圧を持った言の葉に一瞬圧されたミケーネの神々は、暫し静寂し。
「_ハーッハッハ!何を抜かすかと思えば、人の身で神を語るとは!」
「余りに滑稽、滑稽だぞ武道よ。フハハハハッ!」
敢えて、嘲笑を以て応える。
下衆な声色、傲慢を体現したが如き物言い。
そんな姿に武道は思う所があったのか、何も答えない。
_代わりに、武道面の奥から覗く血走った眼が、一層鋭さを帯びる。
「完璧だの何だのと看板を掲げようが、所詮貴様等は『超人』、即ち『人』でしかない。『神の在り方』を語れる道理も無かろう?」
「…確かにな。我等は『神』に非ず、あくまでも『真・完璧超人』よ。」
「ほう、身の程を知った様だな?超人。」
ソレにさえ気付かず、尚も大仰に語るミケーネの神々。
付け上がった態度は留まる所を知らず、やがて歪な欲望を突き付けんと口を開き。
「我等ミケーネには、神として世界を管理する『大義』がある!人如きの野蛮な争いと一緒くたにするなど愚考!」
「そう、これ即ち我等ミケーネの『聖戦』なのだ。故に、須らくこの地を寄こ_」
「だが、『認めぬ。』」
ぞわり、と。
武道から放たれた、泥の様な重圧の濁流。
町一帯までをも飲み込む強大なソレは、場を一瞬で沈黙させる。
先程まで武道達を嘲笑っていたミケーネの神々や、兵士さえ気付く。
龍の逆鱗に触れた事を。
「貴様等の様な下郎共が、世界の管理者になる?神の大義を持つだと?」
「げ、下郎だと、きさ_」
「_笑い話にもならんわ!!害虫めがッ!!!」
「がっ…!?」
けたたましく吼える武道。
地平を揺るがさん限りの声圧が満ちる。
最早、口調を取り繕う様子は欠片も無い。
文字通り神をも恐れずその剣幕に、誰もがたじろぐばかりだ。
「_武道。」
だが一人、彼の放つ重圧をものともせず、肩へ手を置く男が一人。
武道が怒りの形相で振り返れば、その男…ネメシスは神妙な目付きで見つめ返す。
「_ネメシス。」
「勘違いするな、お前の想いは我等も同じ…ただ、完璧超人としての振る舞いを乱すな。」
「…すまぬな。」
神妙な目付きで告げられた警句に我を取り戻したのか、一息付くと先程までの重圧が霧散する。
直後に、ネメシスは戻っていった。
「『完璧超人は、あらゆる感情を超越した存在』、だったな。」
誰に聞かせるでも無く、一人呟く武道。
天上界でその不文律を常日頃から体現していたのは、他ならぬ武道自身。
故に自分が荒ぶる様をネメシスは咎めずには居られなかったのだと、察した。
改めてミケーネ軍へと向き直る武道は、務めて冷静に告げる。
「_こうして相対して確信した。貴様等は『神』等という高尚なモノでは無い、ただの侵略者…『賊』に過ぎん。」
「き…貴様ぁ!神を侮辱するか!?」
「我等は貴様等の野蛮な振る舞いを、断じて認めぬ。」
静かに、しかし厳として。
「そしてこの地は、あらゆる人々の悲願、『遍く奇跡の始発点』である。荒らすと言うならば、その所業を侮蔑し決して許さぬ。故に_」
その宣言と共に、武道は一歩、地を蹴り。
「_貴様等『賊』にくれてやるのは。」
尾を引いて宙を滑り、神へと駆ける武道の巨体。
一気に肉薄して振るわれたのは、剛腕。
迫るソレに気付いた時には、既に遅く。
「ひっ、ひぃ_!?」
「『罰』であるッ!」
空手一閃。
凛とした宣言と共に繰り出された、全体重を乗せた拳。
幾億年と研鑽された一撃に、ミケーネ神は懐の顔面…本体を貫かれ、血飛沫を散らし。
「_。」
そのまま地に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。
空より現れし時に行った塵殺とは違う、明らかな『意思表示』の殺しだった。
「き、貴様ぁ!我が同胞を…!」
仲間が殺された恐怖も束の間、神々は怒りの形相で殺意を向ける。
各々が武器を持ち、そのまま武道に殺到せんとして。
「『ボイリング・ショット』ッ!」
意識外から飛来する、二本の水流。
ジャック・チーの放った熱湯が、武道の両際に迫った戦闘獣を穿ち、斬り裂いていく。
ミケーネ神も咄嗟に大きく後退するが、それでも躱し切れず深手を負う者もいた。
「…フン、神がコレなら、あの小僧のがよっぽど敬服出来るってもんだ。ジャーッジャッジャ!」
「黙れ、黙れ黙れぇい!」
火に油を注がれた様に、更に怒りを露わにする神々。
今度は、ジャック・チー達の方へと軍勢を差し向ける。
「えぇい、最早問答は無用!結局は勝った方が正義なのだッ!」
その数、数百、いや数千。
「…そうだな。勝てば正義、そこだけは同意だ。」
「まぁ、それならそれで俺達が正義ってだけだがな、バギャバギャ。」
だがそれらを前に、顔色一つ変えずに立ちはだかる完璧・無量大数軍。
完璧な質と神の軍勢、二つの究極が、今激突する_!
◇
究極の聖戦、その少しばかりの後方。
彼等を一望できる山の上に、カール大帝の遣いとグリムリパーが立っていた。
「さぁ大帝サン、思う存分、我等を見極める事ですね。」
「マモーは笑う」
『改めて言います。我々の目的は「人類の純化」です』
――マモーの島。
魅上の声は、画面越しでもなお、彼の狂気と信念を世界中に伝えていた。
遠く離れたある場所、暗く豪奢な一室で、その様子をじっと見つめていたマモーが
満足げに微笑む。
「ふふ、素晴らしい演説だな。あの男は本当に私の期待に応えてくれる。
この熱意。この狂気。この世界にはもっとこういう男が必要だ」
画面越しに見える魅上照の演説。それをじっと見つめながら、
マモーは大きな背もたれに体を預け、グラスを軽く揺らしていた。
琥珀色の液体が揺れる様子を眺めつつ、彼の唇には微かに笑みが浮かぶ。
低く響く声は、どこか満足げだった。しかしその言葉の裏に隠された意図は、
彼以外には分からない。
その傍らでは、不二子がウイスキーグラスを傾けながら冷ややかに言い放つ。
「そうかしら? あの魅上って男、ただの独裁者にしか見えないけど」
「違うよ、不二子くん」
マモーは目を閉じ、低く響く声で答えた。
「彼はよく出来た道化さ。何処までも増長し、只人でありながら神の真似事をする。
仮初めの万能に酔い痴れ、踊る……人間と言う生き物の愚かしさの体現。
これほど滑稽なショーは無い」
「へぇ。でも、その神様を操ってるのはあなただけどね?」
不二子の皮肉を込めた言葉にも、マモーは動じることなく、冷静に答える。
「操る? ふふふ、わたしはきっかけを与えただけに過ぎないよ。
渡された銃の引き金を引くのは、紛れもない彼自身なのだから」
彼の目は再び画面に向けられる。魅上が堂々と自らの信念を語り、
信徒を魅了していく姿を冷静に見守りながら、マモーは続けた。
「メサイア教団には資金も、人材も与えた。そして今、彼は私の期待以上のことを
成し遂げつつある。すべてはこの世界を新たな形に作り変えるためだ」
「でも、その新しい形って誰にとっての『理想』なのかしらね?」
不二子は冷たく笑いながら続ける。
「あなたたちが『悪』と呼ぶ人たちにとっては、地獄の始まりなんじゃない?」
「地獄でいい。必要ならばね。今までもそうしてきた。そしてこれからもね……」
マモーの言葉には一切の迷いがなかった。
「彼らはいずれ私の手駒として、あらゆる役割を演じてくれるだろう。
人類を選別し、優れた者のみを生き残らせる。それで十分だ」
ショッカー大首領とも共鳴する思想――選ばれた優生種が支配する世界――
世界の影で金を操り、戦争を操り、人を操り、己の思うがままにシナリオを進める……
それこそがマモーの真の目的だった。
「魅上も、彼の教団も、私にとってはただの道具だ。愚かな人間どもを削ぎ落とし、
この世界を新たな秩序で支配するためのね。私が直接手を下す手間が省けて良い」
不二子はそんな彼の目論見を察していたのか、ふと視線を横に流し、微笑を浮かべた。
(結局、メサイア教団もこの男も、自分の都合を押しつけてるだけじゃない。
ま、どうせ私は私で動くけどね……)
不二子がウイスキーの氷をカランと鳴らす。
彼女の鋭い瞳が、画面の向こうで演説を続ける魅上の姿をじっと追いかけていた。
「彼らが要求している『護符』ってやつも、何か秘密の力でも隠されてるのかしら」
マモーは肩をすくめながら答えた。
「『魔術王の護符』……それは、ただの装飾品ではない。
真に恐るべきは、その護符が指し示すものだ」
マモーはグラスを軽く揺らしながら、不二子に向かって続けた。
「護符は、古代の秘術によって作られた『ソロモンの指輪』の在処を指し示すと
言われている。その指輪は、かつて魔術王ソロモンが操った七十二柱の悪魔を従え、
地上に繁栄と恐怖をもたらした力の源だ。そして、その指輪が解き放たれる時、
世界は大きく変わるだろう。いや、正確には――女神の『覚醒』が行われた時、だ」
不二子がマモーに招かれた理由……ソロモンの指輪の内のひとつを所有していると
思しきルパン三世の関係者であるが故……
「その護符があれば、行方をくらましているルパンの行き先も分かる、ってわけね。
女神の覚醒……その力を手に入れるのは誰? 魅上照? それとも、あなた?」
不二子の問いに、マモーはゆっくりと首を振った。
「それはまだ決まっていない。いや、私は最初からその候補に入るつもりはないよ」
彼は優雅に立ち上がり、大きな窓越しに見える広大な海を眺めながら言葉を続ける。
「私の役割は、舞台を整え、駒を配置すること。
そして、その駒たちがどのような結末を導くかを見守るだけだ
不二子は小さく笑い、再びグラスを手に取る。
彼女にとって、マモーの計画はどこまでも冷酷で非情だったが、
それ以上に興味を引かれるものであった。
「護符を巡る争いは、単なる前哨戦だ」
マモーは振り返りながら言った。
「魅上も、彼のメサイア教団も、所詮はその大いなる劇場の道化に過ぎない。
彼らが護符を手に入れ、指輪を見つけ出し、女神を覚醒させるかどうか――
その行方を見届けるのが、私の役目だ。私の役割は創造主ではなく演出家だ。
我々の理想郷と言う名の舞台をプロデュースする、と言うわけさ」
不二子は彼の言葉に納得したような顔をしながらも、どこか含みのある笑みを浮かべた。もはや人智を超えた領域にまで、事態は突き進んでいる……
(ルパン……あなた、とんでもない連中を相手にしようとしているのよ……)
「さて……舞台は整いつつある。魅上が護符を手に入れるまで、
あとどれだけの混乱が起きるか楽しみだ」
正義と狂気、信仰と陰謀――すべてが交錯する戦いがいよいよ幕を開けようとしていた。その影では、マモーやショッカー大首領、皇帝ジークジオンらが世界の未来を握るべく、
渾沌結社グランドクロスを操り、壮大な計画を進めていた。
世界の命運は、果たして誰の手に委ねられるのか――。
「策略 その3」
魔術王の護符。
それは、魔術王の弟子たちが作り上げた、王の意志と威光を示す輝ける護符。
与えられた力は三つ。
一つ、かの護符に導きの呪文を唱えよ。されば如何な空を隔てても尚、狂いなく指輪の位置を示さん。
一つ、指輪を手にしたものに栄光あれ、正しき心なれば栄光を、愚なる心なれば破滅が与えられん。
最後の一つ、時来たる時、指輪と共にかの護符を掲げん。されば我らが本懐は果たされる。
故にこそ彼らは、それを求めた!
「護符さえあれば、我ら教団の栄光は永遠のものとなる!」
「正しき義を持つ我々、即ち正義の我々にこそがふさわしい!」
「魅上様!魅上様と女神こそが真なる救世主である!信奉せよ!!我らは神の意志と共に!」
メサイア教団信徒 その数1億以上。
世界に絶望し、終末思想を奔らせ、狂気に走った救いを求めし邪悪!
「「「我らは神の意志と共にッ!我らは神の意志と共にッ!!」」」
◇
アメリカ 国連本部会議室
さくらTVの全世界同時布教を衛星放送で見ていた彼らも、酷くざわめいていた。
無理もない。
確かに、魅上の言う『魔術王の護符』なるお宝を持ち込むだけで少なくともその国だけは生き残れる。
我が国こそが頂点に立つべき、と考えている国家からすれば他の国を出し抜き頂点に立つ、またとない機会。
そもそも、彼らは魔術王の護符の場所なんて知らないし今の今まで関心が向いていなかった。
彼らは政治家にして指導者。宝探しはトレジャーハンターか都市伝説愛好家、或いは魔術師の領分だ。
それ以上に、それの座標も所在も分からない。
そもそもの話、あるのかどうかすら不確かなものを質に出して取引なんてできるわけがない。
「魔術王の護符などという不確かなものを質に、世界を売れというのか!?」
「ふざけるのも大概にしろ!そも、世界を売るなどという馬鹿な行為をする国がどこにある!」
もっと言うのなら、それは全人類への裏切り。
護符を渡せば、その国は自分たち以外全世界を教団に売ることになる。
何しろ教団に『他の国なんかいらない、自分達だけは救ってくれ』と貢物をして言っているようなものだから。
魅上はそれを分かっていて、こんな挑発まがいの「布教」をしている。
『だが放っておけば人類の99%を殺すことになる。粛正対象は0.0001%でも減らしたいだろう?それが愛すべき自国民ならなおさらだ。純化が終われば我々の支配する世界、そこで「神に選ばれた者」として胸を張っていればいい。選民思想はそちらの十八番だろうが。』
―――教団は、世界を虚仮にしている。
「お前らなんざ生きる価値ないから滅ぼすわ、悔しかったらあるかどうか分からない宝物持ってきやがれ。見つけたら助けてあげるからよ(笑)」と言っているようなものだ。
これは布教ではない。取引の皮をかぶった世界への宣戦布告だ。
当然、そんなことを言われて黙っていられるほどこの世界の国民と指導者たちはお人よしじゃない。
「お前たちのやっている事こそが差別の助長だ……!」
「この犯罪集団が、我々をどこまでコケにすれば気が済むんだ!?」
◇
警視庁 会議室
「確かに歴史的観点から見れば、選民思想が強かった時期もあったしそれゆえの凄惨な事件もあった!だがそれでも、我々は少しでも犠牲者たちに報い、過ちを正さんとしてきたつもりだ!」
「間違いすら正そうとせず幼稚な正義感で世界を滅ぼす、お前たちこそが滅ぶべき悪だ!」
溜まっていた怒りが限界値を超え、警部は吠える。
その怒りは正当なもの、一部の狂いもなく間違ってはいない。
―――だが。
「!」
その正義すら、狂気の弾丸によってかき消された。
「ひっ!」
「次は狙う。」
窓ガラスを粉砕する、機銃の一撃。
「我々は間違いなく正義だ、お前たちはいいというまで黙っていればいいんだ!」
沈黙と狂気。
完全を求め恐怖で押さえつける正義と、間違いと修正だらけの正義。
彼らは決して相容れない。
「お静かに願います!」
その時、遠くの席に座っていた男が立ち上がった。
マイクとプロジェクター、そして雀蜂兵の前に彼は立つ。
「お、お前は……。」
「あ、あなたは……確か……?」
「何のつもりだ!」
「私はジェバンニという者、ある人物からの命でどうしても魅上氏に話をさせたい人物がいるのですが、構いませんか?」
スーツを着た若い男、ジェバンニが一台のノートパソコンを開く。
それを見た雀蜂は顔を見合わせ、魅上に連絡を取る。
「魅上様。」
『構いませんよ。誰が相手でも。』
たとえ、かつて自分たちに敗北への決定打を与えた男が相手だったとしても、あくまでも強気の姿勢を崩さない。
ジェバンニは黙々と、パソコンをある画面に切り替える。
「どうぞ。」
彼はそうして作業を終え、カメラに画面を映す。
それは―――。
「お、お前は……!」
「お久しぶりですね、Xキラ。いえ……魅上照。」
「Lycoris Recoil⑥境界線を越えて」
――夜の神浜市、廃ビルの屋上。
冷たい夜風が吹き抜ける中、千束とたきな、そしてももこたち魔法少女は互いに
向き合っていた。夜の静寂を破ることなく、
双方が距離を保ちながらじっと相手を観察する。どちらも緊張の糸を張り詰めたまま、
微かな動きにも敏感に反応するような状態だ。 ビルの上空に漂う雲が、月明かりを遮る。その瞬間、街のネオンの光だけが少女たちを照らし出し、オレンジ色の人工の輝きが、
その影を不気味に伸ばしていた。
「さて……改めて聞くけど、アンタたちは何者?」
ももこが冷静に問いかけた。その瞳には鋭い光が宿り、
まるで相手の本心を見透かそうとしているようだった。
「うーん、説明しても信じてもらえないかもしれないけどね……」
千束は一度肩をすくめ、風で揺れる髪を軽く整えながら、飄々とした笑みを浮かべた。
「私たちはリコリス――社会の裏で治安を守る影の存在ってやつ。
まあ、言うなら影の警察みたいなものかな?」
「影の警察、ねぇ……」
レナがわずかに眉を上げて呟いた。その視線には微かな疑念が混じっている。
「まあ、無理もないよ。リコリスの存在は、表には一切公表されてないからねぇ」
千束は腰に手を当て、自信たっぷりな笑みを浮かべた。
しかし、その背後でたきながやや躊躇いながら口を開いた。
「……正直、私たちがこの街にいる理由を信じてもらえるかは微妙です。
それでも話しますけど――」
たきなの声が硬く響く。
「私たちは、この世界の人間じゃありません。あの喫茶リコリコの建物ごと、
ここに迷い込んでしまったんです。つまり――」
たきなが言い終わる前に、ももこたちが驚いたような顔をする。
千束とたきなは、彼女たちの表情の変化を見て、最悪笑われる覚悟で話すべきか迷った。
しかし、ももこの反応は意外だった。
「……異世界から来た、ってわけか?」
ももこの問いかけは平然としており、嘲笑する様子は一切なかった。
それどころか、どこか納得したような口調だった。
「えっ、笑わないの?」
千束が目を丸くして尋ねると、レナが前髪を弄りながら、
「いや、別に? 正直、こんな話も慣れっこだから。
神浜にはそういう『よそから来た人』の噂が結構あるんだよね」
「そうそう、こっちも色んな人を見てるしさ~。
異世界から来た人なんて、珍しいけどあり得ない話じゃないよ」
鶴乃が笑いながらそう付け加える。
「……つまり、この街には異世界の存在が紛れ込むことが前例としてあるって
ことですか?」
たきなが冷静に尋ねると、ももこが頷いた。
「そうだ。神浜って街は、普通じゃない。魔法少女とか魔女とか、
常識が通じない場所なんだよ。あんたたちが異世界から来たって言うなら、
ここでは普通に受け入れられる話だな」
何せ、「底なしのミラーズ」を渡って別の世界からやって来た空条承太郎と出会ったのは
他ならぬももこであるからだ。
「そっか、じゃあ安心して喋ってもよさそうだね!」
千束は朗らかな笑みを浮かべると、リラックスした様子で話し始めた。
「ちょっと、千束……」
「いいって、いいって。どうせDAにも楠さんにも連絡通じないんだからさ~。
こっちにはリコリスもいないって事っしょ? 関係ないって」
「何か軽いノリ……」
かえでも思わず苦笑い。
「考えたってしょうがない事はさ、考えなくて良いって事」
「おっ、良い事言うな! お前!」
「でしょでしょ~? イェーイ!」
フェリシアとハイタッチする千束。この底なしのポジティブさが、
人を惹き付ける魅力なのかも知れない。
「冗談は良いけどさ。で、あんたたちは何を目的にこの街で動いてるわけ?」
レナが鋭い目つきで尋ねると、千束は再び軽い調子で答えた。
「白い彼岸花の噂を追ってるの。そっちも同じじゃない?」
「……なるほどな。同じ目的なら、手を組むのも悪くないかもな」
ももこがしっかりとした口調で言うと、鶴乃が手を挙げて賛成するように声を上げた。
「じゃあ決まりだね! リコリスと魔法少女、異色のコラボってわけだ!」
千束とたきなは、ももこたちに状況を整理するように話し始めた。
彼女たちは、先ほど遭遇した謎の人物――天乃鈴音――のこと、
そして彼女が「白い彼岸花」を持っていたことを伝える。
「彼女、すごかった。動きが尋常じゃなかったし、でっかい剣を振り回してるのに
まるで身体が風と一体化してるみたいだった」
千束が冷静に振り返りながら、先ほどの鈴音との戦いの様子を説明する。
その表情には、珍しく真剣さが滲んでいる。
「魔法少女と切り結んで無事で済むなんて……リコリスって凄いんだな。
しかも、あたしたちが感知した魔力反応から言ってかなりの大物だよ、それ」
「でしょお? もっと褒めていーよ♪」
「調子に乗らないで下さい……」
「んで、彼女が持ってたのは、白い彼岸花――」
「白い彼岸花を持ってた……?」
ももこが目を細めて繰り返す。その言葉には、ただの噂話ではない
重大な意味を察した緊張が込められていた。
「そう。しかも彼女も“魔法少女”だと思うけど、キミたちとは明らかに雰囲気が違った」
千束が冷静な声で付け加えた。
「違う……?」
黒江が千束の言葉を拾い、やや鋭い視線を向ける。
「彼女の動きも力も洗練されてた。だけど、どこか冷たいっていうか、
人としての温かさを感じなかった。まるで“感情”がないみたいな」
その言葉を聞いたももこの眉が動く。かえでやレナも思わず息を呑み、
何かを思い出したような表情を見せた。
「白い彼岸花のウワサってどんなんだっけ?」
「確か、咲いてる場所を見つけただけで彼岸花に『選ばれる』。
返り血で真っ赤に染まった時、恐ろしいものが出てくる……だったかな」
「じゃあその子が白い彼岸花を持っていたのって……」
かえでが不安げに尋ねると、千束が頷いた。
「かもね。あの白い彼岸花に選ばれた……って事なのかも。それで、正気を失ってる。
白いって事はまだ返り血を浴びてなさそうだったのがせめてもの救いかな」
「デカい剣か……あたしの他にそんな奴いたっけな」
奇しくも、ももこが振るうのも大剣。この街の魔法少女であれば大凡顔馴染み。
当てはまる魔法少女は思い当たらなかった。
「そいつが神浜の外から来た可能性も否定できないね」
「神浜の外から……」
鶴乃の推理に、ももこが腕を組みながら考え込む。その表情は、
事態が単純ではないことを物語っていた。
「実は、あんたたちの話を聞いて思い当たることがある」
そしてももこが静かに口を開く。
「神浜の外にも魔法少女はいる。ただし、あたしたちと彼女たちが同じ目的で
戦っているかと言えば、そうじゃない。魔法少女たちも一枚岩じゃないんだ。
時には対立することもあるし、外から来た魔法少女と衝突することだってある」
「そうなんだ……」
「ジオン族竜王軍同盟の企み」
杜王町の戦場に乱入した完璧超人達は、ミケーネ帝国と戦闘を開始
「完璧超人がどうして…!?」
「よくわからねえが、味方してくれるのか…?」
突然の出来事に困惑するCROSSHEROES。
すると…
「っ!見て!モンスターが…!」
なんと先程まで避難所に向かって進行していたはずのジオン族竜王軍連合のモンスター達が進行を止め、ミケーネ帝国への攻撃を始めたのだ!
「なっ!?」
「避難所への進行を…止めた…?」
「なんで急に…!?」
「っ!アレックス殿!モンスターが…!」
騎士ゼノンマンサと呪術士ビグザムと戦っていたアルガス騎士団の4人も、モンスター達が避難所への進行を止め、ミケーネ帝国へと攻撃していく
「……どういうつもりだ?」
「なに、こちらにも事情というものがあるのだよ」
「事情だと?」
「この町の人間共は奴らに免じて今回だけは見逃してやろう。だが!ジークジオン様の命令、貴様らガンダム族の排除だけは、なにがなんでも果たさせて貰うがな!」
呪術士ビグザムは巨大な魔法陣を展開すると、騎士ゼノンマンサ、そしてアルガス騎士団を巻き込んで森へとワープする。
「っ!これは…!」
「ここならば奴らに見られる心配ない…!」
「奴らだと…?」
「貴様らが知る必要はない!ハァ!」
「くっ…!」
「ぬぉっ!?」
騎士ゼノンマンサが剣士ゼータと闘士ダブルゼータに斬りかかる!
「ゼータ殿!ダブルゼータ殿!」
「貴様らの相手はこの私だ!」
呪術師ビグザムが吹雪を発生させて法術士ニューと騎士アレックスを攻撃する!
「うぐっ…!」
「なんて魔力だ…!?私よりも上かもしれん…!」
「アルガス騎士団よ!もう一人のガンダム族や他のCROSSHEROES共よりも先に、貴様ら4人から始末してくれる!」
ジオン族最強の剣士ゼノンマンサとジオン族最強の呪術師ビグザムのコンビが、アルガス騎士団を追い詰めようとする…!
果たして彼らの運命はいかに…!?
一方その頃、竜王城では。
「完璧超人共め…!余計なことを…!」
「だが、この特異点は今は奴らのテリトリーだ。
遅かれ早かれ、奴らがミケーネ帝国を排除するために現れるのは確実だったろう。
……それよりも、もっとイレギュラーな存在がいる」
竜王とジークジオンは、魔法の力により映された特異点各地の様子……そのうちの一つに映し出された青い髪の少女に……いや、カグヤに目を向ける。
「あの女……ビルスと同じ超越者か……」
「……どういう目的で来たのかわからんが、超越者のうちの一人がこの特異点に来ているとはな……我々にとっても、ミケーネ帝国にとっても、そして丸喜共にとっても厄介なことこの上ないな……」
「もっとも、今のところこの特異点にやって来てメサイア教団の馬鹿どもを排除したことを除けば、今のところ大きな動きがないのが幸いだがな……」
「だが、この特異点が超越者共に嗅ぎつけられているのは事実だ。
……グランドクロスはどうした?」
「残念なことに、どうやら今のところは静観を決め込むつもりのようだ。少なくとも、今の奴らに超越者共の排除を期待するのは難しいだろう……
……だが、その代わりいい情報がある」
「いい情報だと?」
「……メサイア教団がリ・ユニオン・スクエア全域に宣言を出したようだ。
恐らくだが、あの世界は奴らの手によって今まで以上の混乱が起きるだろう」
「あの道化師共か。全く、グランドクロスの老人共もいい駒を…いや操り人形を用意してくれたものだ」
「最大の障害であるビルスを始めとした超越者共はまだ残っているが、CROSSHEROES共の方は暗黒魔界とやらへの対処とこの特異点の防衛に戦力の半分近くを割いている。
これに加えて残っている戦力もメサイア教団がこれから起こすことへの対処にも向かうのなら…!」
「我々がエタニティコアを手に入れる最大のチャンスとなるか…!」
「そのとおりだ。
世界を新たに生み出すことも、今ある世界を跡形もなく消し去ることも自由自在とされる伝説の超エネルギー…!
手に入れることができたものは超越者すらも凌駕した存在なれると言われ、ラグナロクではミケーネを始めとしたあらゆる世界の者達が手に入れようとしたリ・ユニオン・スクエア伝説の秘宝エタニティコア…!」
「あれさえ手に入れることができれば、もはや誰も我々を止めることはできない…!
超越者共も!ミケーネ帝国も!暗黒魔界も!完璧超人も!丸喜と共にいるあの小僧も!CROSSHEROESも!グランドクロスも!メサイア教団も!ショッカーも!そして…ガンダム族の末裔共と勇者アレクもな…!」
「そうと決まれば話は早い……この戦いが終わり次第、再びリ・ユニオン・スクエアへの侵攻を再開するぞ…!」
トラオムでの戦いを最後に、特異点での活動がメインとなりリ・ユニオン・スクエアには姿を見せなくなったジオン族竜王軍同盟が、エタニティコアを手に入れるために再びリ・ユニオン・スクエアへ魔の手を伸ばそうとしていた…!