YAH YAH YAH

0 いいね
2000文字以下 5人リレー
4日前 254回閲覧
  • 現代ドラマ
  • 自由に続きを書いて
  • 暴力描写有り
1人目

タダノリは、少し浮足立った心持で、指定の居酒屋の暖簾をくぐった。ノリコが、話をしたいと言ってきていたのだ。彼らが中学生の時に同窓生になってから、学生時代の多くの時間を同じ友人グループで過ごした思い出がよみがえる。
店員に案内された個室では、既にノリコが空のジョッキをひとつふたつ脇に寄せて、新たなジョッキに口を付けていた。
「おいおい、勝手に始めちゃってるよ。皆は?」
「悪いね。今日は飲みたい気分だったからさ」
そう言ってノリコはジョッキを傾け、「座んなよ」と言った。
タダノリ掘りごたつに脚を突っ込むと、串を適当に見繕って注文して、ノリコの言葉を待った。
「なんかさ、最近いろいろあって、こう、溜まったものを吐き出したくなったのよ。そしたらさ、アンタ、この辺に住んでるって言ってたの思い出してさ。」
「そうかい?俺との友情をまだ胸の内に感じていてくれていたなんて、嬉しいぜ」
ノリコは吹き出し、「アンタのそういう、思ったことは何でも口に出すところは美徳だと思ってる。でも、これからする話はあんまり人に知られたくない話だからさ、秘密で頼むよ」
「任せろ。俺は地元じゃ『秘密を秘密をマモルくん』の二ツ名で通ってんだ」
「なんでそんなご飯がご飯がススム君みたいな二ツ名背負ってんの」
ノリコが口を隠して笑ったところで、店員がタダノリの生、ノリコの追加ジョッキと串を持ってきた。二人はジョッキをかち合わせた後、串に手を伸ばす。
「アンタと出会ったのって中学の頃だったよね。これは小学生の頃の話なんだけどさ…」
ノリコは小学生の頃、他の同世代の女の子たちと比べて男子っぽい趣味の子供で、プリンセスよりも戦隊ヒーローに憧れるタイプだったのだと言う。
「それで、何がきっかけだったかな。……そう、冬休みの宿題。絵日記。アレに、サンタさんから変身ベルトを貰ったって書いたんだけどさ。嬉しかったって。」
ノリコはまたジョッキをぐいと傾けて飲み干すと個室の入り口のほうへ視線を向けながら、記憶の糸をたどり始める。
「そしたらさ、担任が……やたら気合の入った人権に目覚めた系の野郎でサ。職員室に呼び出して、私がトランスだって言い始めてんのよ。私は、私の好きなものが好きなだけの女の子なのにさ。トランスの意味も分からない私が混乱しているうちに、そいつ、『大丈夫だよ。何も心配いらないからね』っつってさ。私もワケわかんないながらも、先生が大丈夫っつってるからよく分からないけど大丈夫なんだろうって帰ったわけ」
「そしたら次の日からさ、なんか違うわけよ。女の子たちは私を見てヒソヒソいうし、男子は……なんか、わかるでしょ。あの年頃の男子なんて、人に貼ることのできるレッテルを手にしたらなんだって楽しむおもちゃにする、そういう生き物だからさ。「トランス」「トランス」その日から私のあだ名。あの担任の野郎、それで万事うまくいくと思っていたのが腹が立つ。今あん顔見かけたら、誰が止めようが思いっきりぶん殴ってやるのに」
「いいじゃん」
「は?」
「殴りに行こうぜ」
「え?は?ちょ、アンタ、そういう冗談言うタイプだったっけ」

2人目

「冗談じゃないさ。お前が苦しんだ相手だろ。今だって、その過去のせいで、お前はこんなふうに独りで酒を飲まなきゃいけないんだ。俺は、そういうお前を見るのが嫌なんだ。どうせなら、一緒に乗り越えようぜ。居場所、突き止めてやるからさ」
タダノリはスマホを取り出し、検索窓に「〇〇小学校 〇〇先生」と入力し始める。ノリコは、そのあまりの行動力に呆気にとられたが、同時に胸の奥で熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「…バカみたい」
そう呟いたノリコの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。そんな時ふと頭をよぎったのは、トライアングルレンジャーの変身ブレス…。
「トライアングルレンジャー」は、90年代に子供たちの間でカルト的な人気を誇った特撮番組だ。その特徴は、なんといっても三角ヘルメット。まるで工事現場のカラーコーンのようなデザインは、当時も今も「ダサい」という意見が大多数を占める。しかし、その奇抜さゆえに一部のマニアからは熱狂的に支持されている。

3人目

ノリコはそれこそがふさわしいと思った。すべての始まり。あの日記に書いたのはトライアングルレンジャーに登場する謎の戦士、ファラオ・ザ・ピラミッドの変身ベルトだったのだ。主人公たち後期型三角戦士が確立する前に製造された試作型人造三角戦士で、技術的制約ゆえに変身機構がブレスに収納できず、彼だけがベルトにより変身しているという設定を持つ。敵か味方か、謎めいた立ち位置の彼は当時コアな人気を博していた。
殴りに行くなら顔は隠したい。ならば、彼のヘルメットを被るべきだ。ノリコはスマホを触りながら、彼のヘルメットを探す。
「お、ノリコ、見つかったぞ。隣の学区で教えてるようだ。……何調べているんだ?」
ノリコも先生を調べていると思っていたタダノリが、見つかった情報を聞いてもスマホを操作するノリコに怪訝な目線を向ける。
「これ。あんたはどのマスクが良い?」
ノリコの差し出したスマホには、妙な三角頭の戦隊ヒーローが並んでいた。
「なんだあこれ」
「いいから。直感で選んでよ」
「まあ、じゃあ、赤で」
「レッドアングルね」

4人目

ノリコは満足そうに頷く。
「ああ。別にこだわりがあるわけじゃなくて、一番普通だからな。このイカれたデザインの中じゃ、一番目立たないっていうか」
タダノリは、三角ヘルメットの画像を忌々しそうに見つめた。
「ほんと、センスねえよな、これ。当時マニアに人気だったってのが信じられねえ。デザイナーは一体何を考えてたんだか。ただ単に変なだけで斬新さも美しさも無い。前年のミラージュマンはごく普通の戦隊ヒーローマスクだったってのに」
タダノリのデザインに対する否定的発言は止まらない。ノリコは、そんなタダノリを面白そうに見ていた。
タダノリは腕を組み、画像を睨みつける。
「前年のミラージュマンのデザインは、宇宙的な神秘性や科学の粋を感じさせた。そこには『科学に関する物品をマスクのデザインに落とし込む』という明確なメッセージがあった。じゃあ、このトライアングルレンジャーはどうだ?ストーリーに三角である必要性は全く絡まないし、ただ漠然と三角の形をしているだけでモチーフというものが感じられない。デザイナーの『奇をてらおう』という浅はかな意図が透けて見えるだけだ。『他と違うこと』だけを目的とした、中身のない自己主張としか思えない。さらに、この変なバイザーの形だ。三角のベースに、不自然な角度で切り込まれた目の部分。これが表情…つまりヒーローの感情や決意といったものを全く感じさせない。無機質を通り越して、不気味だ。子供向け番組で、親近感や安心感を与えるべきヒーローが不気味でどうする?」
タダノリの批判はデザインだけでなく、機能性についても向かった。
「次に、構造上の問題だ。通常のヘルメットは、頭を衝撃から守るために丸みを帯びているか、最低限の流線形をしている。これは衝撃を分散させるためだ。ところが、この三角錐は一部に力が集中しやすい形状だろう?もし敵にマスクを叩かれたら、衝撃が分散されずに即座に割れてしまう。防具としても根本的に失格なんだよ」