人狼
『王国法142条3項措置に基づき―――を人狼刑に処す』
懐かしい声が聞こえる。
旧き、旧き記憶の、原初の記憶。
わたしがわたしとなったあの時の記憶。
人狼刑。声と文字と人たる扱いを奪うその刑は、この王国における最高刑に次ぐ刑罰だ。
刑を受けるものは額に魔力のスティグマを焼き捺され、人語を話せず、書けぬようになる。そして、狼のスティグマを額に持つものは、獣として扱われ、あらゆる法に守られない。それは人狼を匿う者にまで及び、彼らは『人里に危険な獣を匿った罪』により罰せられるという。
だが満月になろうと、わたしに毛皮や爪や牙は生えて来ないし、狼たちが私の声に従うこともない。ただ、腹をすかせたひとりの『人間』が月影を呪うだけだ。
わたしは今、人狼たちのコミューンに寝床を持っている。わたしたちは互いに意思疎通できないが、それでもより原始的な、本能的な、根源的な共感によって繋がる一つの群れであった。山賊よりも野蛮で、山賊よりもか弱いものたち。たった一人の体の中に、この世界への怨嗟を詰め込んだ度し難い『獣』の群れ。
われらは殺人以外のあらゆる不道徳と退廃の廉で罰されたものたちだ。だが、人狼のコミューンに入るものはその最後の一線を越えねばならぬ。畢竟、獣の生きる術など、そう多いものではないのだから。
目の前の男が涙に光る眼でわたしを見つめる。同情を買おうとする眼。同族に出会えた喜びと恐怖と希望と絶望が、彼の額のスティグマの淡い光を浴びて、瞳に浮かんでいる。若い、よそもの。「新入り」はまず、われらの不文律(ルール)を理解しなければ、群れには入れないことを理解しなければならない。
「新入り」が肉を貪る。
わたしは静かにその様子を眺めていた。彼の目は、希望と絶望が入り混じった複雑な光を宿している。
彼は言葉を持たないが、その瞳に「なぜ自分はこんな目に遭わなければならないのか」という強い怨嗟が宿っていることを感じ取った。それは、この群れに集うすべての者が持つ、この世界に対する共通の感情だ。
わたしは、ただの人間だった頃、この世界を呪った。そして、人狼刑によって言葉を奪われたとき、その呪いはさらに強固になった。だが、満月になっても獣になれなかったわたしは、この怨嗟をただの絶望で終わらせることを拒絶した。
ある満月の夜、わたしは一人、丘に登り、月を仰いだ。額のスティグマが、月の光を吸い込むように熱を帯びる。その熱は、わたしの内に秘められた怨嗟のエネルギーを刺激し、全身を駆け巡った。
それは、ただの獣になることを拒絶し、便宜上の呼び名ではない本物の人狼という新たな存在へと進化する道だ。