女教師、峰不二子。彼女に迫り来る魔の手
赴任当日、不二子は、グレースーツを着て、星華学園の高等部に足を踏み入れる。校長先生や職員室の教師達への、挨拶を済ませていく。新しく赴任してきて、歓迎されるかと思われたが、スーツ姿の不二子に鼻の下を伸ばす男性教師の姿を見て、嫉妬する女性教師達の姿があった。
不二子は、校長先生に案内されて、香織が担当していたクラス3年E組に案内される。
校長先生が、3年E組の教室に入り、教卓に立つと、「今日から退職された尾上香織先生の交代として、新しく担当してくださる先生を紹介します。どうぞ……」と言うと、不二子は扉を開けて、教室へと入っていく。
扉が開いた瞬間、教室の空気が一変した。
ヒールの音が、コツコツと静かに響く。グレースーツに身を包み、
細く引き締まった腰、美しく整えられた髪、涼しげな眼差し。
颯爽と教室に現れたその女性――峰不二子は、生徒たちの視線を一身に集めた。
男子生徒たちは一斉にざわつき、思わず姿勢を正す者すらいた。女子生徒の中には、
眉をひそめる者もいたが、それ以上に不二子の堂々とした雰囲気に圧倒されていた。
「はじめまして。今日からこのクラスの担当を務めさせていただきます、峰不二子です。
教科は現代文を受け持ちます。よろしくね、皆さん」
柔らかく、それでいて芯のある声。不二子は軽く笑みを浮かべながら、
まっすぐに生徒たちを見渡した。その立ち居振る舞いには隙がなく、
まるで一流の舞台女優のような存在感があった。
校長が気を利かせて一歩下がると、不二子は教卓に手を添えながら、
ふと意味ありげに視線を流した。
「元の担任の尾上先生は、とても熱心な先生だったそうね。その分、
比べられることもあるかもしれないけど……私は私のやり方でやらせてもらうわ」
生徒たちの中に、一人、目を細めて不二子を見つめる少女がいた。
古賀雪音――尾上香織を慕い、教師を信じていた少女。
だが、尾上が唐突に辞職して以来、心に影を落としていた。
(この人が……尾上先生の代わり……?)
不二子はそんな雪音の視線に気づいたのか、ふと微笑を向けると、
まるで何かを見透かすような瞳で囁いた。
「不安なことがあれば、何でも相談してちょうだい。先生、ちょっとだけ勘が鋭いの」
雪音は言葉を失った。
(この人……本当にただの先生なの……?)
教室の空気が静まり返ったその時、不二子は軽やかに話を締めくくった。
「それじゃあ……今日の授業、早速始めましょうか」
その微笑の裏に、果たしてどんな目的が隠されているのか。
“伝説の女怪盗”が、なぜ教育の場に姿を現したのか。
誰もまだ、その真意を知らなかった。
赴任初日の授業を終えた放課後、辺りは夕陽が沈みかけていた。不二子は、学園内の教室を覚えるため、散策していた。
「不二子先生、学園内を僕が案内しますよ」と男性教師に声をかけられるが、
「ありがとうございます。ですが、ゆっくり、一人で見てまわりたいので、お気持ちだけ受け取らせていただきますね」
と髪を捲り上げながら、返事をしていた。
不二子は、学園内を歩いていると、明かりがついている教室があった。そこは、不二子の担当の3年E組の教室だった。
教室を覗くと、一人の女子生徒が居残り勉強をしている姿が目に入る。
(あの子は、挨拶の時に、私のことをみつめていた古賀雪音だったわね。こんな、時間まで一人残って勉強だなんて、偉いわね)
不二子は、クスッと笑みを浮かべると、教室の中へと入っていく。
「もうすぐ日が暮れるから、区切りがついたら、帰りなさいね」と、不二子は帰宅するように促していた。
すると、雪音は顔を見上げて、
「はい。もう少しだけ、勉強したら帰ります」と返事をしていた。
しかし、少ししてから筆を動かす手が止まり、雪音は不二子の方を向きなおし、口を開く。
「不二子先生に質問したいことがあります」
雪音は、唐突に辞めた尾上に裏切られたと思ってしまっており、不二子に対して強い不信感を持っていた。
不二子は、机を向かい合わせに動かして、ゆっくり腰を下ろしていき、
「良いわよ。先生に答えられる質問なら、なんでも答えてあげるわ」
不二子は、頬杖をついて、笑みを浮かべていた。
「尾上先生は、本当に家庭の事情で辞めたんですか?」
「私は直接そう聞いているわよ」
「そうですか……」
雪音は、不二子の返答に、顔を下に向けてしまっていた。
「尾上先生のおかげで、私は学校に登校できるようになったんです。卒業を見届けるって、約束したのに……」
雪音は、涙を流しながら、泣いていた。その姿を見た不二子は、隣に座り直して、優しく抱きしめていた。
「香織だってね、貴方達の卒業まで見送るつもりだったから、悔しいはずよ。でも、それが難しくなってしまったから、3年E組のことを私に託したんだもの……」
不二子は、泣き続けている雪音が泣き止むまで、身体を優しくさすっていた。雪音が泣き止む頃には、日が暮れてしまっていた。
「雪音さん、落ち着いたかしら?」
「はい。ありがとうございます。不二子先生」
雪音が落ち着いたのを確認すると、不二子は身体を離して、立ち上がっていた。そして、時間を確認すると、「今日はもう帰りなさい。明日からもよろしくお願いね」と雪音に言っていた。雪音は、下校準備をして、「こちらこそ、これからよろしくお願いします。不二子先生」と言って、教室を出ていき、下校するのを見送っていた。
雪音が下校したのを確認すると、職員室に戻り、荷物を片付けて、帰宅しようと駐車場に向かっていた。駐車場で、バイクに鍵をさそうとしたところで、「はっ!!」と忘れ物をしたことに気づくと、急いで3年E組の教室に戻っていく。
3年E組の教室に戻ると、明かりをつけて、教卓の辺りを探し始める。探し始めてそんなに時間はかからなかった。
「良かった……みつかったわ」
不二子は、忘れてしまっていた手帳を拾って、鞄になおすと教室を出ようと扉に向かって歩き出す。教室を出て帰宅する不二子を狙ってか、近づいてくる人影があるが、不二子はまだ気づかずにいた。
「ぬふふ、不〜二子せんせ〜。俺にも放課後の個人授業お願いしたいわあ〜」
不二子はピクリと眉を動かした。聞き覚えのある、
艶やかでねっとりとした男の声――その口調、その気配。
彼女が振り向く前に、背後からふわりと柔らかい風のような気配が漂ってくる。
「……やっぱり、あんたなのね。ルパン」
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは、派手な真っ赤なジャケットに黒いシャツ。
黄色いネクタイ、白いパンツを合わせた単発、痩せぎすの男。
緩い笑みを浮かべたまま、壁にもたれていた。
彼の左手には、学校の職員証を改造したらしいIDカード。顔写真は巧妙な変装による別物だ。
「いやあ、先生姿もなかなか良かったぜ?
だけど、さすがに“潜入”のつもりが本気で教育し出すとは思わなかったなあ。
不二子ちゃん?」
彼こそはかの怪盗、アルセーヌ・ルパンの孫。
国籍不明、本名不詳、その素顔すらも偽りとの噂あり……
神出鬼没の大泥棒、ルパン三世だ。
彼とは浅からぬ関係にある不二子は呆れたように溜め息をつきながら、ルパンに歩み寄った。
「今度は何? まさか、私が学園に潜り込んだ理由を探りに来たわけじゃないでしょうね?」
ルパンはおどけて肩をすくめた。
「俺が来たのは――そう、“尾上香織”の失踪事件に興味があったからさ」
「……知ってたのね」
「表向きにゃ、家庭の事情で退職って事になってるがな? それにしたって急すぎる」
不二子の目が細くなる。その一瞬の表情の変化を、ルパンは見逃さなかった。
「やっぱり何か知ってるんじゃねえか、不二子ちゃん?」
「……あんたには関係ないわ。これは“私の任務”よ」
「任務、ねえ。じゃあ、この“星華学園”が、ただの学校じゃないってことも――」
その時、突然教室の電気が落ちた。
「!?」
闇の中で、不二子とルパンが同時に身構える。窓の外からは、
赤い点滅灯がひとつ、またひとつと浮かび上がる。
「来たわね……!」
「ちっ、歓迎されてるみたいだぜ。
不二子ちゃん、今日の授業は“実技”に変更ってことでいいか?」
不二子はにやりと笑い、スカートの内側から小型のデリンジャーを取り出す。
「先生ってのも、命懸けなのよ?
聞き分けの無い生徒には、お仕置きしなくちゃね」
不二子とルパン、二人の影が夕闇の教室の中で背中合わせになった。
迫りくる“何か”――
この学園に潜む影、その正体がついに動き出す。
(……不二子先生の事、ちょっと誤解してたかも。
尾上先生が退職されたのは残念だけど……
私も、頑張ってみようかな……)
そんな事を思いながら通学路の帰り道を行く古賀雪音であったが……
ターンッ……
「えっ……?」
日常生活においては聞き覚えの無い、乾いた音。
雪音は思わず振り向いた。その先には星華学園の校舎……
「何、今の……?」
「学園の方から、音が聞こえたきたわよね。学園で、何かあったんじゃ!?」
雪音は、音が学園の方から、聞こえてきて、不二子の顔が頭をよぎっていた。不安に駆られた雪音は学園に向けて、走り出していた。
一方、星華学園では、二人に近づく足音が大きくなってしだいに、数も多くなっていた。
「数が増えてきたわね。どうする、ルパン?」
「仕方ない。二手に別れて、分断させるしかねえ」
二人は、数が増えてきたために、二手に別れようと走り出していた。
「ほらほら、こっちだぜ……捕まえてみな!!」
ルパンは、先に廊下に出て、走り出すと、少し間を空けてから、不二子も走り出していく。
不二子とルパンは、二手に別れて、謎の集団を誘導していた。
「どうやら、追っ手の人数が減ったようね」
不二子は、デリンジャーを構えながら、姿を現すと、目の前には、黒服で仮面を被った男と数人の男がいた。
「やはり、峰不二子。お前は、ただの教師ではなかったようだな」
謎の仮面を被った男が、不二子の存在を知っていた。
「あなた、私のことを怪しんでいたのね。つまり、この学園の教師の誰かかしら?」
「ノーコメントだ……」
(やっぱり、仮面で顔を隠しているところを見ると、私のことを知っているわね。つまり、この学園の教師で確定ね)
不二子は、少しの仕草から、この学園の教師の誰かだと確信していた。
「なんとしても、あの女を捕えろ」
謎の仮面の男が指示を出すと、指示を聞いた黒服の部下の男たちは、金属バットを持ち構えたり、銃を構えながら、不二子に襲いかかる。
「フフ……この人数じゃ、私を捕まえられないわよ」
不二子は、俊敏な動きで、男達を撹乱して、膝に蹴りを入れて体勢を崩したり、デリンジャーで怯ませてから、背後にまわり、チョップを喰らわして、気絶させていく。
「な、何をしている。早く捕まえろ!!」
謎の仮面の男は、なかなか捕まらない不二子に苛立ちを隠せないでいた。
(ルパンの方は、大丈夫かしら?気にしなくても、なんとかしているはずよね……)
不二子は、校舎内を走り回り、一人ずつ確実に倒していく。暫く、走り続けていると、不二子は、思わぬ人物に出会してしまう。
「不二子先生!?」
「雪音さん、どうして!?下校したはずじゃ……」
不二子が出会したのは、下校したはずの雪音だった。彼女は、不二子のことが心配で学園に戻ってきたのである。
「不二子先生、あいつら、一体何者なんですか?」
「あなたは知らなくていいことよ。とりあえず、ここから早く離れるわよ。しっかり、つかまっておきなさい」
不二子は、雪音を抱えて、その場から離れる。雪音を抱えながらのため、無闇にデリンジャーを撃つわけにはいかなくなっていた。不二子が暫く走り続けていると、回り込まれてしまい、立ち塞がれてしまう。
「くっ、後、もう少しだというのに……」
不二子が唇を噛み締めていると、「不二子!!」という声が聞こえ、立ち塞がる男達を薙ぎ倒していた。
「ルパン、無事だったのね」と不二子がホッとした瞬間、一発の銃声が鳴る。
「痛っ!?」
「うっ!?」
銃弾は、不二子が抱えていた雪音の腕をかすめて、ルパンにあたっていた。
「雪音!?、ルパン!?」
不二子は、雪音をゆっくり床に下ろすと、雪音はかすめた痛みで気を失っていた。
「ようやく追い詰めたぞ、不二子」
雪音に気を取られていた不二子は、男達に捕らえられてしまう。
「不二子!?」
「私のことはいいから、早く雪音を連れて逃げなさい」
「でもよ……」
ルパンは、負傷しながらも不二子を助けようと思考を巡らせていた。
「私の生徒を助けてちょうだい……」
「くっ……わかった。だがな、不二子。お前を必ず助けるからな」
ルパンが雪音を抱えて運び出すのを見送りながら、雪音が助かることを願っていた。
「お前が潔く捕まっていれば、今頃、誰も怪我せずに済んだのにな……」
謎の仮面の男は、仮面越しでもわかるぐらいの笑みを浮かべていた。
「絶対に許されないわよ。覚えておきなさい」
不二子は、仮面の男に睨みつけていた。
「やれやれ、怖い怖い。そろそろここから去らないといけないからね。フンッ!!」
「ぐぅっ!?」
謎の仮面の男は、不二子のお腹に鋭いパンチを喰らわせると、不二子は気を失い倒れてしまう
」
「お前たちは、校舎内を片付けておけ。女は、俺が施設まで運んでおく」
謎の仮面の男は、気を失った不二子を抱え上げて、組織が所有する施設へと運び出していく。
「何とも……散々な状況だぜ、こいつは……」
鈍く軋む鉄扉を押し開け、ルパンはよろめきながらアジトへ足を踏み入れた。
その腕には、ぐったりと気を失った少女――古賀雪音の姿があった。
肩から流れる血がシャツを染め、歩くたびに生暖かい液体が床に滴る。
室内の蛍光灯はちらついており、いかにも仮拠点らしい簡素な内装。
弾痕の残る壁。散乱した工具。テーブルには磨きかけのマグナムが置かれている。
その銃を拭っていた男が、目を細めて立ち上がった。
「……おうおう。なんてザマだい、ルパンよ」
それは、ルパンの相棒のガンマン、次元大介だった。
帽子の下からのぞく鋭い目が、ルパンの傷と少女の姿を的確に捉えていた。
「おまけにそんな若い娘連れ込みやがって。流石にトシ考えろよな」
「へへ、そんなんじゃねえって……」
ルパンは軽く笑ってみせたが、口元は引きつっていた。
足元がよろけ、彼は雪音を抱いたまま、ソファへと崩れるように腰を下ろす。
「ま……見ての通りさ。ちょいと、派手な授業参観でな」
その背後では、白木の鞘に収めた刀を壁に立て掛け、座禅を組んでいる男。
石川五ェ門――この世に断てぬもの無しとする斬鉄剣を振るう、孤高の剣士である。
「何があった」
「かくかくしかじかでよ……」
ルパンの説明を聞きながら次元が無言で煙草に火をつけ、くゆらせた煙が天井に向かって立ち上る。
「で? 不二子はどうした」
ルパンはうなだれるように目を伏せる。
「……ああ。置いてきた。“この娘を頼む”って、あいつに言われちまった」
一瞬、沈黙が流れた。
時間が止まったような、静かな一拍ののち――
「ほぉん。あの金銀財宝に目が無い女が他人の心配をねえ」
五ェ門が目を閉じ、口を開く。
「不二子が、それほどまでに何かを守ろうとしている……
ならば、我らもそれを無視すべきではあるまい」
その言葉に、ルパンはふっと笑った。
「ああ。借りは返さなきゃな」
「しかし、お前と不二子を狙ってきた連中ってな、何モンだ?」
「分かんねえ。だが、日本の学ッコでドンパチ始めるような連中だ、まともじゃねえだろうよ」
「ん、んん……」
そのとき、雪音がうっすらと目を開けた。
薄暗い室内、見慣れぬ男たちの顔――とりわけ、顔中に傷を負いながらも
笑いかけるルパンの表情に、彼女は混濁した記憶を少しずつ繋ぎ合わせていく。
「ここは……どこ……? 音がして……学校に戻って……それから……」
「よう、目が覚めたかい、お嬢ちゃん。安心しな、もうあんたは安全だ」
ルパンはそう言って、優しく笑いかけた。
「怪我を……そうだ……私……不二子先生……!!」
「おっと、落ち着きな。深呼吸。今は何も考えるな。少しずつで良い」
ごく普通の女子高生にとっては、あまりに
ショッキングで理不尽な暴力の記憶。精神に傷を負いかねない。
まずは雪音のメンタルを鎮静化させるところからだ。
一方その夜、同じ星の下――
「……」
闇に包まれた輸送車の中で、峰不二子が身動きできぬまま揺られていた。
行き先は不明。連れていかれる先は、いまだ謎のベールに包まれている“組織の施設”。
「発信機は……上手く行ったか」
密かにルパンが学園で不二子に取り付けていた発信機の信号がモニターに映し出された
マップ画面で点滅している。
「待ってろよ、不二子……必ず取り返してやっかんな……」
しばらく時間が経過して、雪音は、安心したのか、ゆっくり眠りについていた。
「ようやく安心して眠ったようだな。それにしても、あの不二子が教師として、初日から慕われているなんてな……」
次元は、雪音の寝顔を見て、頭を撫でていた。
「ああ……俺も最初は耳を疑ったぜ。不二子が教師として働くというだけでも、驚きだが、赴任初日から生徒に慕われるんだから、なかなかなものだぜ……」
ぐったりと横になりながら、ルパンも会話していた。出血は治ったものの、怪我が酷く冷や汗をかいてしまっていた。
そこに、五右衛門が血相を変えて、顔を出していた。
「大変なことになったぞ!!」
「しー……静かにしろ。せっかく眠ったところなんだぜ」
「す、すまぬ」
「それで、大変なことって、何があったんだよ」
「実は……」
五右衛門がモニターを見るように合図すると、先程まであった不二子の発信機の反応が突然消失してしまったのである。
「嘘だろ!?」
「原因は?」
「わからぬ。気付かれたのか、電波障害によるものかははっきりせぬが、つい先程、モニターのマップから消失した……」
3人は、しばらく沈黙してしまった。
「発信機の反応が消える直前までは、どの辺りだったんだ?」
三人は、機械を操作して発信機の反応記録を確認していた。
「どうやら、山間部の辺りで消失したようだ……」
「山間部ということは、電波が届かなくなってしまった可能性も考えられるということか?」
「これだけじゃ、なんとも言えねえな」
三人は、直ぐにでも発信機の反応があった場所に向かいたかったが、ルパンの怪我は酷く、出血は治ったとはいえ、包帯は血だらけになっていた。
「ルパン、直ぐに不二子を助けに行きたい気持ちはわかるが、今は怪我を治すことが先じゃねえか?」
「そうでござる。慌てて事を仕損じれば、元も子もないでござるよ」
二人は、血だらけになっているルパンを見て、身体を休めるように言って、ベッドまで運んでいく。
一方、不二子を乗せた組織の車は山奥へと走らせていると、大きな建物が姿を現す。その建物の周りは警備の人間が立っており、他にもセンサーやカメラなど厳重な警備がなされていた。
「おかえりなさいませ。取引はどうでしたか?」
「いや、邪魔者がいたせいで、取引どころではなくなってしまった」
警備の人間が運転席まで向かい、声をかけると、運転席の組織の男は答えていた。
「ボスは、おかえりか?」
「はい。ボスは、部屋で仕事をしておられます」
「わかった。ご苦労。引き続き警備を頼んだぞ」
「了解です。任せてください」
組織の車は建物の敷地内へと入っていき、駐車場で車を停めて、エンジンを切っていた。
「くそ……余計な邪魔者が居たせいで取引ができなかった。ボスには報告しておかないとな。それにしても、この女、峰不二子。噂通りいい身体をしているな。殺すには勿体無いが、どうするか、ボスに相談しなければな……とりあえず、ボスの部屋まで運んでいくか」
仮面を着けた組織の男は、気絶したまま起きない不二子の身体を抱え上げると、ボスの部屋まで運んでいた。
不二子の身体を抱えている仮面を着けた組織の男は、ボスの部屋に到着していた。
「ボス、失礼します。只今、戻りました」
組織の男は、ボスの部屋の中に入っていく。
「今日の取引は失敗したらしいな……」
「すみません。余計な邪魔者がいたせいで……」
仮面を着けた組織の男は、気絶した不二子の顔を見ながら、報告していた。
「お前の腕で気を失っている女が邪魔者なんだな?」
「はい。尾上香織の代わりに赴任してきた峰不二子です」
「やれやれ……あの学園での取引を失敗しないように、予めあの学園の教師として、潜入させていたが、失敗してしまったか……」
ボスは、ため息をついて、頭を抱えていた。
「それと、実はもう一人、あのルパン三世も邪魔をしてきました」
「ルパン三世だと!?まさか、取引の物が何か知っているのか?」
「いえ……何も知らない様子でした」
ボスは、とりあえず安心したのか、興奮を抑えていた。
「ボス、峰不二子はどうしますか?」
「地下の牢屋に拘束しておきたまえ。目を覚ましたら、彼女が何か知っているのか、聞き出したまえ……惚けようとする素振りを見せるようであれば、手段は選ぶな。なんとしても、吐かせるんだ……」
「畏まりました」
仮面を着けた組織の男は、ボスの部屋から出ると、不二子の身体を地下の牢屋へと運んでいく。
エレベーターで、地下に降りると、気絶している不二子の身体にロープを巻いて、拘束して吊し上げていた。
「峰不二子、こんなにいい身体をしているお前を殺したくない。出来るのであれば、知っていることは、全て吐いてくれよ……」
仮面を着けた組織の男は、峰不二子を吊し上げ終えると、部屋から出ていく。
冷たいコンクリートと鉄の匂いが混じる、地下の監獄施設。
硬質な照明が天井から針のように突き刺さる中――
不二子はロープで両手首を縛られ、天井のフックから吊るされる形で拘束されていた。
「……ふふっ……最悪の目覚めね……」
うっすらと意識を取り戻した不二子は、まず自分の両腕の痺れと、
空気の悪さに気づいた。
「あのバカ……無事に逃げられたのかしら……ルパン……」
まだ目は開けていない。だが、周囲の空気と機械の唸る音、
それに遠くから聞こえる警備員たちの無線の声で、
ここが相当に“物騒な施設”であると察していた。
「まあ……ひと思いに殺されなかっただけマシか……」
不二子は、乾いた笑みを浮かべた。
女狐と呼ばれた女が、そう簡単に心を折られるはずがない。
「お目覚めか」
階段を降りてきた黒服の男は、不二子の前に歩み寄り、じっと見下ろした。
「峰不二子。君には“直接的な痛み”より、選択の余地を与えるべきだと我々は判断した」
「ふぅん……なんだか、拷問よりイヤな予感がするわね。
そのスーツ……もしかして“実務畑”の人?」
「……そう思ってくれて構わない。
我々が欲しいのは、“取引の真相”と、“ルパン三世の動き”。
君がそれを提供すれば、拘束は即時解除してもいい」
不二子は軽く笑った。
(つまりルパンはあの場から逃げられた、ってわけね……ルパン。
あんたなら、きっと彼女を連れて逃げてる。あとは……)
薄曇りの空の下、星華学園の正門前に、一台のパトカーが停まった。
既に現場に到着していた警官隊。
運転席から降りてきた男は、よれたコートに帽子、そして独特の風貌――
「日本の高校で銃撃騒ぎとは……まったく、世も末だ」
男の名は――銭形警部。ICPO、ルパン三世担当捜査官。
その鋭い鼻は、国際指名手配犯の“気配”を確かに嗅ぎ取っていた。
「銭形警部、お越し頂きありがとうございます」
出迎えたのは、地元警察の刑事。
「放課後に起こった校舎屋内での不審な事件……発生当時は校内には殆ど人は
いなかったようですが」
「ふうむ……」
銭形に手渡された数枚の写真。
その中の一枚――そこには、教師として赴任してきた峰不二子の教師姿があった。
(峰不二子……何をトチ狂ってあの女泥棒が教師なぞ……その矢先に銃撃事件。
何かの目的があって学園に潜入していたのは確実だ……)
そして、銭形がその先に追い求めるものは……
「ルパン三世……貴様は今どこにいる? この事件に関わっているのか、それとも……
何にせよ、今回こそ、絶対に逃がさんぞ」
――仮設アジトの一室。
剥き出しの鉄骨と薄汚れた壁紙、傍らには応急処置用の薬箱が雑に開かれていた。
その中央、ソファベッドに仰向けになっている男――ルパン三世は、
額に浮かぶ汗を拭いもせず、天井を見つめていた。
「……クソッたれ……体はボロボロなのに、頭は止まってくれねぇや」
脇腹には分厚く巻かれた包帯。その下から滲むような痛みがじわじわと広がっている。
だが、それを気にする場合ではない。むしろ、痛みが彼の思考を研ぎ澄ませていた。
机の上ではノートパソコンが稼働し、通信機器や監視用ドローンの映像記録が
流れていた。そのとき、部屋の扉がノックもなしに開いた。
「おう、ようやく目ぇ覚めやがったか」
入ってきたのは次元大介。帽子の影から鋭い視線を投げつつ、煙草をくわえていた。
「ほらよ。五ェ門の奴が調合した薬だ。少しゃ痛みも和らぐだろうよ」
「ありがとよ……って、うげっ、に~げぇ~」
「我慢せよ。良薬は口に苦しと言う」
器に盛られた調合薬の不味さに舌を出すルパンを、五ェ門が諭す。
「ま、おかげで楽になってきたわァ……で、不二子の発信機は?」
「微弱だが、まだ生きてる。施設内部に遮蔽構造があるっぽいが、
断続的に反応は出てるぜ」
「なるほど……ってことはヤツら、不二子を“簡単には殺せねえ”理由があるってこった。
いちち……」
ルパンは、片膝を立てて身を起こす。
「無理すんなって」
「無理はするもんだ。じゃなきゃ、こんな仕事やってらんねえよ」
「ったく、一度言ったら聞かねえんだからなァ、この石頭」
ソファから立ち上がると、ルパンは壁の奥に隠されたアジト内の武器庫を開いた。
そこには、彼の愛用のワルサーP38をはじめ、改造ガジェットや音波攪乱弾、煙幕弾、
光学迷彩クロークなどが整然と並んでいた。
「そろそろ準備に入るぜ。不二子は、オレが必ず取り返す――そう約束したんだ」
「不二子先生を……助けに行くんですか?」
3人の背後には、眠っていたはずの古賀雪音が立っていた。
「お前さん……」
「いつの間に起きてたんだ!?」
「さっきです……」
「そうか。俺は、これから不二子を助けに行く。雪音は、俺たちのアジトで、ゆっくりしておくんだ……いいな?」
ルパンは、雪音の肩に手を置いて、目線を合わせて話していた。雪音の眼には、涙が溢れかけていた。
「安心しな。不二子は、こんな状況、今までもこなしてきている。そう易々と殺されたりはしないさ。寧ろ、お前の無事を心配していたんだからな」
ルパンは、雪音を安心させるために、頭を優しく撫でていた。その顔は、身体の痛みで歪んでいたが、笑みを浮かべていた。
「五ェ門、俺はこのバカと一緒に不二子の救出に向かう。だから、お前さんは、雪音のことを任せたぜ」
そう次元は、ふらついているルパンを支えながら、五ェ門に言うと、五ェ門は頷いていた。
「はい……不二子先生をお願いします」
雪音は涙を拭って、頭を下げていた。
ルパンが不二子救出に向けて、動き出そうとしている頃、学校側でも動きがあった。
「銭形警部!!」
「なんだ!?どうかしたか?」
銭形は、地元警察の刑事が、大きな声で呼ぶ声が聞こえたため、呼ぶ方に向かって、走り出していく。
「銭形警部、実は、教室と教室の間に妙な空間があることがわかり、教室内を調べてみると、黒板に隠されたスイッチがありました。そのスイッチを押した途端、謎の扉が出現しました」
「なんだと!?で、この教室は、誰の教室なんだ?」
「それが、峰不二子という女教師が担当している教室です」
銭形は、峰不二子が担当している教室に、謎の扉が現れたことを知り、事件に巻き込まれたことを踏まえ、何か警察が知らないことを突き止めている可能性に確信を持っていた。
「なら、この扉の向こうに、今回の事件が起きた理由がわかるのかもしれんな……」
銭形と地元の警察は扉の向こうに足を踏み入れていく。扉の向こう側には明かりがなく、ひたすら暗闇が続いていたのだった。
ルパンたちが不二子救出に動き出し、学園内の調査が進み出した頃、囚われた不二子がいる地下施設の方はというと……
「峰不二子、そろそろ我々に話す気になったかい?」
「フフ……そう簡単に話す気になれないわね。もう少し楽しみましょうよ。それに、私に何かを話させたいなら、私を口説いてみるかしら?」
不二子は、何か策を考えて行動に移すために、時間を稼ごうとしていた。
「わかっているのか?痛い思いをしなくて済むように、選択の余地を与えたんだぞ?」
「そっちだって、わかっているのかしら?私はあなたたちの組織が、取引を無事に終えられるように、星華学園にメンバーを教師として送り込んでいたことも把握しているわ」
不二子は黒服の男の後ろからこちらを気にして見ていた仮面を着けた組織の男に笑みを浮かべながら、話していた。
「なんのことだ!?」
「あなたも、星華学園での取引を成功させるために、組織から送り込まれたのよね。私が学園内を散策しようとしたら、案内役を引き受けると言ったり、時々遠くから見られている気配も感じていたわ」
不二子の言葉に動揺しているのが、仮面を着けた組織の男は眼が泳いでしまっていた。
「フフ……私に気づかれないために、仮面を着けていたみたいだけど、仕草から直ぐに気付いたわ」
「流石、裏社会でも有名な峰不二子だな……」
そう言いながら、仮面を着けていた男は仮面を外していく。
「不二子の言うとおり、あいつは、組織から学園に送り込まれた人間だ。まさか、不二子が教師として赴任してきたことには驚いた。一体、どこまで知っているんだか……」
黒服の男は、不二子の顎に手をやり、持ち上げていた。
「失敗したあの男よりも、実務畑経験者であるあなたの方が経験も実力も上なら、さっさと吐かせられるはずでしょ?それとも、あなたは口先だけの男なのかしら?」
不二子は、挑発するかのように笑みを浮かべていた。
ルパンと次元はアジトにに停めてあった愛車フィアット500に乗り込み、
エンジンをかけた。
次元は助手席でライフルの弾倉を確認しながら、ちらりとルパンの顔色を窺う。
「……お前、本当に動けんのか?」
「心配すんな。女を助けに行くときゃ、痛みなんざ忘れちまうのが俺の性分でね」
しばしの休息と、五ェ門が調合した薬の甲斐もあって、ルパンの体力も
多少は取り戻せた。
「ふん、おめぇの女狂いもそこまでくりゃあ大したもんだ」
「それに付き合うお前さんも十分イカれてるってよ」
軽口を叩くその横顔には、妙な確信が宿っていた。次元はそれ以上は何も言わず、
代わりにGPSの画面を開き、潜入ルートを確認する。
一方その頃、五ェ門はアジトで雪音のそばにいた。
彼女はソファに腰掛け、膝の上で手を組んだまま俯いている。
「……不二子先生、無事ですよね」
「ルパンと次元が動いている。心配は要らぬ」
五ェ門の声音はいつも通り淡々としていたが、その奥には仲間への信頼が確かにあった。
雪音はその言葉を信じるように、小さく頷いた。
(この人たちと不二子先生の関係って……)
――星華学園・不二子担当教室。
銭形は懐中電灯を手に、黒板の裏に開いた秘密の扉を見つめていた。
「……こいつは一体、どういう仕掛けだ」
扉の縁には古びた金属枠と、見慣れぬ刻印がびっしりと彫られている。
地元刑事が緊張気味に囁いた。
「押したスイッチ、どうも普通の電気仕掛けじゃないみたいです。
何か機械的な音と一緒に、空気が変わった感覚が……」
銭形は顎を撫でた。
「こいつは明らかに異常だ……よし、突入するぞ」
数名の警官と共に暗闇へ足を踏み入れる。足音が響くたび、廊下の奥から低い風の音が
聞こえた。やがて狭い通路が途切れ、開けた空間に出る。
そこはコンクリート打ちっぱなしの巨大なホールで、床には複雑なラインが刻まれていた。
まるで滑走路の誘導灯のように、赤い光が点滅している。
「まさか……地下施設か」
銭形の背中に嫌な汗が伝う。
――そして、 囚われの不二子は、黒服の男と仮面の男を前に、
縛り付けられながらも微笑んでいた。
「で、どうするの? 私を口説いて口を割らせる? それとも力ずく?」
不二子は足を組み替え、わざとらしく男たちを挑発した。
その瞬間――
壁際の配管の影がわずかに揺れた。
黒服の男は気づかないが、仮面の男の目が僅かに動く。
(……賊か)
月明かりも届かぬ山中の峠道。ヘッドライトの細い光が闇を切り裂き、
ルパンのフィアット500がカーブを滑るように駆け抜けていく。
タイヤがアスファルトを噛む甲高い音が、夜気に鋭く響いた。
「ルパン、後ろだ!」
次元の声と同時に、バックミラーの奥で二つの光点が揺れる。
黒塗りのSUVが、蛇のようにしつこく追尾してきていた。
そのフロントバンパーからは、街灯もない闇の中で異様な光沢が放たれている。
「おっと……ずいぶん物騒な鼻っ柱してやがる」
ルパンは口笛を吹き、ハンドルを切る。フィアットはまるで軽業師のように
カーブへ突っ込み、イン側のガードレールすれすれをかすめた。
SUVが迫る。後部座席の影が窓を開け、長い銃身が覗いた。
乾いた銃声。弾丸が防弾仕様のフィアットの後部をかすめ、火花が散る。
「チッ……洒落にならねえな」
次元は助手席の窓から半身を乗り出し、愛用のマグナムを構える。
「運転は任せたぜ」
「いつものことだろ?」
ルパンは笑みを浮かべたまま、さらにアクセルを踏み込む。
峠の下り坂。
直線に入った瞬間、ルパンはギアを落とし、エンジンを唸らせる。
フィアットは軽さを武器に、SUVとの距離を一気に縮めさせない。
次元が引き金を引くと、銃声が谷間に反響し、SUVのフロントライトが片方弾け飛んだ。
しかし追手は怯まない。片目を失っても、なお速度を上げてくる。
ルパンは舌打ちし、左のカーブに差し掛かる直前で急ブレーキを踏んだ。
タイヤが悲鳴を上げ、フィアットがスライドする。
追ってきたSUVは反応が遅れ、カーブ外側へ膨らむ。
「次元、今だ!」
「おう!」
次元のマグナムが再び火を噴き、SUVの前輪が弾けた。
黒塗りの巨体が制御を失い、ガードレールを突き破って谷底へと消える。
静寂。
ルパンは大きく息を吐き、再びアクセルを踏んだ。
「ったく、こっちは急ぎのデートだってのに……」
次元は弾倉を交換しながら、前方の暗闇を睨む。
「あの様子じゃ、余程俺達に来てほしくないと見える」
「嫌よ嫌よも何とやら、ってな」
フィアットの小さなエンジンが吠え、二人を乗せて峠を駆け下りていった――。
(どうやら、ルパンが来ているみたいね。でも、そのことに目の前の男は気づいていないみたいね。後ろの男は、気づいたかもしれないわね)
不二子は、ルパンが来ていることに気づくが、冷静な態度でいた。
「ねえ、私を吐かせるのは、そろそろ諦めたらどうかしら?あなたも口先だけの人間だったんじゃない……」
「な、何を……!!」
「だって、そうじゃない。偉そうに言う割に、吐かせられてないじゃない」
「くっ……」
黒服の男は、唇を噛み締めながら、怒りを露わにしていた。
「なあ……」
「なんだ!?お前は、邪魔をするな」
「いや……さっき何か異変を感じたんだ。もしかしたら、彼女を助けにルパン達が来たかもしれない。今のうちに、彼女の身柄を移動させるべきだと思うんだが……」
仮面を着けていた男は、黒服の男に声をかけていた。
「どうして、ここがわかったんだ……」
「あん……ちょっと、どこ触って……」
黒服の男は、ルパン達が居場所に気づいたことを不思議に思い、不二子の身体を触って確認していた。
「こいつのせいか……」
黒服の男は、発信機を手に持ち怒りを露わにしていた。
「おい、お前はボスのところに報告しにいけ!!俺は、不二子を絶対に吐かせてやる」
「わかった……」
仮面を着けていた男は、部屋を離れて、ボスに相談しに移動をする。
「さて、どんな手で来るのかしら……」
不二子は、黒服の男の様子を見て、まだまだ余裕の表情を見せていた。
ルパンが、不二子救出に向かっている頃、学園の扉から、地下施設へと到着していた銭形と地元刑事達は、調査をしていた。
「学園の扉から、まさかこんな地下施設があるとは……」
「銭形警部、やっぱり今回の銃撃事件と、この地下施設は、尾上香織失踪事件と関わりがあるんでしょうか?」
「まだ、彼女の安否はわかっていないのか?」
「はい。最後にあった人物が今のところ、峰不二子に会ったところまでは、把握しているのですが……」
地元刑事は、手帳を開きながら、報告していた。
「ということは、尾上香織は、取引のことを知ったのか、自分の担当教室の異変にたまたま気づいてしまったのかなのかもしれんな……」
銭形は、嫌な予感が頭から離れなかったため、拳銃を確認して、警戒をしながら、調査を続けていく。
「どうした!?な、何か見つけたのか?」
警官から報告を受けた地元刑事は、血相を変えていた。
「先程、警官から報告を受けたのですが、地下施設の先で遺体を発見したと……」
「なんだと!?」
警官に報告を受けた二人は、遺体を発見したところまで駆け足で移動をしていた。
地下施設の一角、暗い照明の下に横たえられた遺体を前に、刑事たちの足が止まった。
銭形警部は帽子を目深にかぶり直し、低く問いただす。
「……本当に尾上香織なのか?」
隣の地元刑事は渋い顔で首を横に振る。
「身元の特定には時間がかかります。書類上は『家庭の事情で退職』したことに
なっていますが……今回の件を考えると」
「わかっている。いずれにせよ、死人が出ているんだ。とにかく、身元確認を急げ」
銭形は短く指示すると、警官の一人が声をかけてくる。
「警部、外で待機していたマスコミが嗅ぎつけてきています。
“香織失踪事件の真相”と騒ぎ出すのも時間の問題かと」
「余計なことは喋るな。身元は“確認中”――それ以外の言葉は使うな!」
銭形の怒声が通路に響いた。
それ以上の追及を避けつつ、彼の脳裏には一つの疑念が渦巻いていた。
(このホトケさんは本当に香織なのか? それとも――まだどこかに生きているのか?)
謎が謎を呼ぶ、地下施設の遺体……その頃、峰不二子救出のために
施設に潜入していたルパンと次元は、警報音が鳴り響く廊下を駆け抜けていた。
「潜入した途端に歓迎の鐘かよ」
次元がマグナムを構え、周囲を睨む。
「この様子だと、不二子ちゃんの発信機は見つけられっちまったみてえだな」
ルパンは真剣な眼差しで前方を見据えていた。
銃声が響き、通路の壁に弾痕が刻まれる。黒服の男たちが遮蔽物に身を隠し、
一斉に撃ってきた。
「チッ、人数が多いな」
「数だけはな! だが腕は二流以下だ」
次元が冷ややかに呟き、瞬時に反撃。正確な射撃で敵の銃を次々と撃ち落とす。
「ぐあっ」
「ぎゃっ」
「そうれ、っと!」
ルパンが煙幕弾を投げ込む。
すかさずガスマスクを被りながら白煙に紛れて敵の背後に回り込み、
あっという間に制圧した。
「あい、一丁上がりぃ」
次元が煙草を咥え直しながら笑う。
「まったく、お前と組むと退屈はしねぇな」
「相棒冥利に尽きるってもんだろ?」
二人は短く笑い合い、さらに奥へと進む。
やがて現れる巨大な扉。分厚い鋼鉄製で、異様な装置が取り付けられていた。
「ご丁寧に鍵までつけてやがる」
ルパンは指をポキポキと鳴らし、懐から特殊工具を取り出した。
「こんだけ厳重にしてるってこたぁ、不二子はこの先の地下だな……」
「時間をかけるなよ、ルパン」
「任せとけって!」
彼の指先が鍵穴を弄る音が、警報の中に妙に軽快に響いていた。
――同じ頃、地上に戻ったアジトでは、古賀雪音が五ェ門の前に座っていた。
蒸し暑い夜、外のざわめきから隔てられたアジトの部屋で、雪音は少し緊張しながら
口を開く。
「……担任の尾上香織先生は、本当に優しい人でした。いつも生徒のことを思っていて。
私も先生のおかげで、学校に通う事が出来るようになった……」
五ェ門は静かに頷き、湯呑みを差し出した。
「おぬしにとって、ただの教師以上の存在であったのだな」
「はい……。家庭の事情で退職したって聞かされた時も、
どうしても信じられませんでした。先生が、そんな中途半端な形で
生徒を置いていく人じゃないって」
雪音の目は潤み、言葉を絞り出す。
「授業が終わっても残っていると、必ず声をかけてくれたんです。“大丈夫?”って……
不登校で悩んで泣いていた時も……」
五ェ門は深く目を閉じ、静かに息を吐いた。
「師とは、剣の型を教えるだけの存在ではない。心を支え、導くものだ」
雪音は握りしめた手を見つめながら言った。
「だから、真実を知りたいんです。先生は本当に“家庭の事情で退職”だったのか……
どうか、真実を教えてください。先生は、どうなってしまったのか」
五ェ門は静かに雪音の目を見返し、頷いた。
「その御婦人の行方は定かではないが……ルパン達が戻れば、少なからず
真実とやらに近づける。それは間違いあるまい。だから……今は大人しく時を待たれよ」
雪音は涙を拭い、かすかに微笑んだ。
「ありがとうございます……」
銭形、ルパンと次元、五ェ門と雪音……-
三つの場面はやがて一本の糸に収束していく――。
真相に近づくにつれ、事件の全貌はますます混迷を深めていった。
発見された遺体は誰なのか?
ルパンは不二子を救出できるか?
そして、尾上香織失踪の真実は……?
ルパン達が不二子救出のために、アジトに侵入者が入ったことは、ボスに報告に向かった男の口からと警報音からボスの耳に入っていた。
「アジトにネズミがルパン三世と次元大介ということは、やはり峰不二子の救出に来たということか?」
「はい。どうやら、峰不二子に発信機が付いていたようで、それで居場所が知られたのだと……」
「そうか。ところで、峰不二子は白状したのか?」
「いえ……まだ、吐きません」
「何をしているんだ!?どんな手を使っても吐かせろと言ったはずだぞ!!」
ボスは、ルパン達が救出しに来たことで、焦りが募っていた。
「申し訳ありません……それで、峰不二子の身柄をどうしますか?」
男は、ボスに頭を下げながら、ルパン達が不二子を救出するのも時間の問題だと思い、指示を仰ごうとしていた。
「もし、彼女がこのまま吐かないなら、ルパン達に救出される前に身柄を移動されるしかない。なんとしても、ルパン達に奪われるな!!」
「了解しました!!」
ボスの指示を受けた男は、急いで不二子がいる部屋まで戻っていた。
「もう良い加減に諦めたらどうかしら?」
「うるさい……うるさい……」
黒服の男は、不二子を吐かせられずに時間だけが過ぎていた。
「ルパン達が来ているんでしょ?迎え撃たなくて良いのかしら?」
「俺の役割は、お前を吐かせることだ。この場所から離れるわけにはいかない」
「でも、私を吐かせることが出来てないじゃない?」
「それは……」
黒服の男は、唇を噛み締めながら、黙ってしまっていた。
「こうなるなら、早く薬を使うなり、道具を使うなりで吐かせればよかったのに、馬鹿ね」
不二子は黒服の男の反応を見て、勝ち誇ったかのように笑みを浮かべていた。
(はあ……早く、ルパン達助けに来ないかしら?ずっと、お手洗いに行けていないから、我慢がどんどん出来なくなってきているのよね)
不二子は、長時間お手洗いに行けていないために、少しずつ我慢の限界に近づいてきているが、まだ少し余裕があるため、表情には見せずにいた。
ルパン達が、少しずつ不二子に近づきつつある中、学校側の方では、マスコミの対応に追われていた。
「先程、学校の方から出てきたのは、人間の遺体ですよね?まさか、最近行方がわからなくなった尾上香織なんじゃないですか?どうなんですか?」
「今は、まだ身元を調べているところであるのです。はっきりしたことがわからない以上、まだ発表できることはありません」
「やれやれ……マスコミだけでなく、野次馬まで集まってきてしまったか……」
銭形は地下施設の調査を続けるように指示を出すと一度、地上に上がっていた。そこで見たのは、先程までとは違い、マスコミや野次馬などの集団が目に入っていた。