僕は空「気」になった

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序章
こんにちは、僕の名前は空(そら)そう10年前の暑くて短かったあの夏まで
10年前の17歳の夏に僕は空気になった。
空気とは元素記号も無ければ、色も味も何も無い「無」だ
風に揺られそよそよと流れ、必要とされる人々や動物の元へと漂っていく
何処にでも居て誰も気にもしない、当たり前の存在で感謝されることも無い
でもね空気って色々な物へ姿を変えて体の中を駆け巡りイタズラもしたりする。
空気の「気」は殺気、陰気、陽気等々目には見えない。
人の感情を、最も簡単に支配していく。

1章 学び
僕が空気になった時、嗚呼、なんて綺麗な光だろう。すっと力が抜け、気持ちが良かった。全ての支配から解き放たれ、今までの記憶が音もなく消えていく。そして、僕は空気になった。
最初の一年は、ただ気流に乗り、世界中をぐるぐる回った。色々なことを学んだ。とある国では、息つく間もなく汗水流して働く人々がいた。そんな国に流れ着くと、他の空気たちがそっと冷たい空気となり、汗を拭い、忙しく働く人々に安らぎを与えた。夜はそよ風となり、若い恋人たちの頬を撫でる。すると、たちまち恋人たちは色気に襲われ、熱く口づけを交わす。そんな光景を見て、空気も悪くないなと思うようになった。
ただ、不便なのは、空気だけでは移動が難しいこと。空気と風は一心同体、ゆらゆらと風に乗って飛んでいく。それはまだ本当の空気になっていないからだ。ゆらゆらと風に運ばれ、騒々しくも陽気な国にやって来た。空気も陽気になり、酔っ払いの体内に吸い込まれ、アルコールまみれとなって吐き出される。そんな翌日は、空気としても最悪だ。吐き気となって酔っ払いに復讐する。酔っ払いの周りをぐるぐると回り、「飲みすぎるな」と警告する。だが、この陽気な国の人々は毎夜、飲んで歌っての大騒ぎ。空気のことは気にもしない。
そんな人々を尻目に、流れ流されて氷の国へやって来た。空気さえ凍る凍てつく寒さ。太陽が沈まない白夜と、太陽が昇らない極夜がある。白夜の国は、時間が止まったような場所だった。まるでガラス細工のように透き通っている。美しく、悲しい、透明な海を見ていると、ぼんやりと記憶が波のように押し寄せる。寒気を覚えた。
自然豊かな白夜の国を上昇気流に乗って離れると、気がつけば薄暗く息苦しい神秘の境目を漂っていた。下を見れば、宝石のように輝く地球が見える。空気の限界層を漂い、息苦しさから目を覚ますと、轟音、地響き、叫び声。空振で吹き飛ばされ、殺気を感じた。「なんて酷い地だ!」 銃を持つ男にそっと近づき、その体内に入り込む。呪いの言葉のように、「撃て、撃て、殺せ、もっと殺せ」と脳をかき乱した。男は狂ったように銃を乱射し、次々と人を殺戮していく。僕は男の体を抜け、その瞳を見た。燃え上がる炎と崩れ落ちるビルが映し出されていた。僕自身、人を殺した高揚感と殺伐とした空気の中で、達成感すら感じていた。
空気とは無であり、感情もないはずだった。だが、それは違っていた。空気の「気」を手に入れてしまったのだ。同時に、短くて暑い夏のことを鮮明に思い出した。あの夏、僕は君に殺された。深い黒い海へと沈められた。空気は形容を変え、足音も立てず、静かに、着実に、君へと近づいていく。