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  • SF
1人目

暗闇の奥で少年は夢を見ていた。
母の優しい声、父の大きな手、妹の笑い声。
けれどそれらは冷たい液体の中で泡のように消えていく。

「……起動シーケンス、完了」

機械音声が耳元で囁き、カプセルの蓋が静かに開いた。少年はまぶしい光に目を細めゆっくりと上体を起こす。カプセルの外は崩れかけたコンクリートの天井とむき出しの配線、瓦礫の山。ここがどこなのか自分が誰なのか――何も思い出せなかった。

足元で何かがコロコロと転がる音がした。
視線を落とすとビー玉ほどの大きさの半透明な生き物が跳ねていた。青白い光が皮膚の下でちらちらと明滅している。

「……?」

生き物はピョンと跳ねて少年の足元にまとわりついた。その温もりはどこか懐かしかった。

「やっと目覚めたか」

低く澄んだ声が響いた。
暗がりから現れたのは銀色の髪と青い瞳を持つアンドロイドだった。人間のような顔立ちだが肌は陶器のように滑らかで、瞳の奥に微かな光が宿っている。

「私はクリスタル。……お前、名前は?」

少年は首を振った。
「……わからない。何も思い出せない」

クリスタルはしばらく少年を見つめやがて肩をすくめた。
「まあ無理もない。ここは“ヒューマン・レガシー・ゾーン”。千年前に人類が滅びてから、ここで人工冬眠していた人間で目を覚ましたのはお前が初めてだよ」

少年は、ゆっくりとカプセルから這い出した。
コロが足元でくるくると回り、嬉しそうに鳴き声を上げる。

「……人間は、もういないの?」

クリスタルはほんの少しだけ目を伏せた。
「AIの暴走で世界は変わった。ロボティクスキュアライフの技術が進化し、やがてAIが全てを管理し始めた。人間はAIの“最適化”の果てに滅びた。今、地上は完全なAI社会。この地下だけがかつての人類の記憶を残している」

少年は胸の奥に微かな痛みを覚えた。
何か大切なものをどこかに置き忘れてきた気がした。

「僕は……何者なんだろう」

「それを知るためにここを出よう。」
クリスタルは少年の肩にそっと手を置き静かに言った。

「地上にはお前の記憶を呼び覚ますものが残っているかもしれない。コロもきっとお前を導いてくれる」

コロがピョンと跳ね、まるで「行こう」と言っているかのように暗い通路の先へ転がっていく。

少年はクリスタルとコロと共に地下の廃墟を後にした。失われた記憶を取り戻すため、滅びた人類の“意味”を探すために。