自己否定

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1人目

「この作品を見てはっきりした。殺されてくれ」
読後、私はそうつぶやいた。しかし、それは決して殺意の表明ではなかった。いや、違う。殺意はあった。ただし、それは私自身に向けられたものだった。

その小説は、ひどく醜い人間の業を描いていた。保身のために嘘をつき、弱者を食い物にし、それでも自分は正しいと信じて疑わない人間たち。それは、まぎれもなく、これまでの私自身の姿だった。この醜い私を、社会で通用する無難な人間を演じ続けてきた私を、私は殺さなければならない。

2人目

私は立ち上がり、部屋の窓を開けた。
外は夜。
東京のネオンサインの光が、まるで生き物のようにドロリと流動してアスファルトの上を這っていた。
その赤、青、緑の光は、私の中の「醜さ」を照らし出し、増幅させる。

3人目

私は引き出しの奥から、ずっと隠していた一冊のノートを取り出した。そこには、保身のために握りつぶしてきた「本当の言葉」が殴り書きされている。
ネオンの光がノートの白い紙を毒々しく染める。
私はそれを、社会的に正しいとされる自分への「凶器」に選んだ。
明日になれば、私はこれまで築き上げてきた「無難で優秀な自分」を自らの手で解体するだろう。

4人目

翌朝、私はいつも通り、シワひとつないシャツに袖を通した。鏡の中の男は、清潔感に溢れ、信頼に足る「優秀な若手」の顔をしている。反吐が出る。

出社すると、私は迷わず役員会議室のドアを叩いた。そこでは、私が半年かけて準備した、競合他社を不当に陥れるためのプロジェクトの最終確認が行われていた。
「例の報告書、完璧だったよ」
上司が満足げに頷く。私は懐から、昨夜のノートを叩きつけた。

「いいえ。それは全部、私が捏造した嘘です」

会議室が凍りつく。私は止まらなかった。保身のために誰を蹴落とし、どの数値を改ざんし、いかにしてこの椅子を守ってきたか。ノートに記された「毒」を、私は一つ残らず吐き出した。 周囲の視線が、賞賛から蔑みと困惑へと変わっていく。