誰もが「能力」を持っている世界の話
「強盗だ!お前ら手を上げろ!!」
とある街中のコンビニに、覆面を被った男たちが乱入した。
彼らが握っているのは拳銃。
「おいヤベー、どうすんだよ…」
「俺無理だよ、しょぼい能力しか持ってないし…」
店内に居合わせた人々がざわめき、怯えた目で互いを見合う。
誰もが生まれつき「能力」を持っているこの世界では、超常の力が常識であり、日常であった。だが誰一人、前に出ようとはしない。理由は簡単だ。銃弾は並大抵の能力者にとっても致命傷となるからだ。
しかし、その空気を切り裂くように――
一人の青年が、ゆっくりと前へ進み出た。
「お前たちの未来はもう詰んでいる。無駄な抵抗はやめたほうがいい」
青年は、拳銃を持った覆面の強盗達に余裕な態度で近づいていた。
「ふざけるな!こっちは、拳銃を持っているんだぞ!怖くないのか!?」
覆面の強盗達は、震えながら、拳銃を持っていた。
「俺に拳銃は、当たらない。もう一度言う。俺に拳銃は当たらない!!」
青年は、怖がるどころか、何か自信というよりも確信に近いものがあったからか、より強気の態度で近づいていく。
「撃て!」
強盗の一人が叫び、引き金を引いた。
火薬の爆ぜる音と共に、弾丸は一直線に青年へと向かう。だが次の瞬間、不可思議な光景が広がった。
銃弾は確かに青年の額を狙っていたはずだった。しかし、まるで空気そのものに押し返されるように、弾丸は横へ逸れ、壁に突き刺さったのだ。
「な、何だと……!?」
「外した……!?こんな距離で!?」
覆面の男たちが狼狽する。
青年は微動だにせず、冷たい眼差しを向けた。
「だから言っただろ。俺に銃弾は当たらない、と」
その声音には、虚勢ではない絶対の信念が滲んでいた。
「能力名――《軌道拒絶(リジェクト・パス)》。俺の周囲に入った飛翔体は、すべて“進路を拒絶”される。銃弾だろうが、投げナイフだろうが、人体だろうが必ず逸れるんだよ。いわばひらりマントみてーなもんだ」
「くそっ!!なら、力づくで!!」
強盗の一人が、拳銃を置く。拳銃が当たらないため、青年に力づくで殴りかかろうと走り出す。
しかし、殴りかかろうとした瞬間……
「良い加減、諦めなさいよ」
強盗達の後ろから、突如姿を現れた女性は、強盗達の隙をついて、取り押さえてしまっていた。
「い、今、何が起きたんだ。いつの間に背後にいた!?」
強盗達が驚くのも無理はない。なぜなら、強盗達取り押さえた女性は、ずっと目の前にいたはずで、姿を見失っていなかったからである。
強盗たちの背後で女性に腕を固められた男が悲鳴を上げた。
「ぐっ……動けねぇ!? さっきまで目の前にいたのに、どうやって……!」
「(何だアイツ…強盗の仲間じゃなさそうだけど…)」
青年は、静かに強盗たちと女性を見比べた。
彼女は背の高い女性で、俺と同年代ほどの雰囲気に見える。
「《残像転位(ミラージュ・ストライダー)》。人の視覚に“残像”を植えつけて、実際の私はその影から抜け出して移動する。だからさっきまで“目の前にいたように”見えてたってだけ。」
強盗たちは完全に混乱していた。
「お前らヒーロー気取りか!? ふざけんな、この……!」
言い終える前に女性が腕をひねり、痛々しい音が響く。
「い、いってぇぇ!!」
店内は静まり返った。怯えていた客たちはようやく状況を理解し始め、ざわめきが少しずつ安堵の色に変わっていく。
「そこの店員さん、警察呼んで」「わ…分かりましたぁっ!!」
◇◇◇
青年は連行されていく強盗たちの様子に目もくれず、女性へと問いかけた。
「……で、あんたは何者だ? ただの買い物客には見えない」
女性は笑みを浮かべた。
「そっちこそ。あんた、偶然ここに居合わせた……ってわけじゃないでしょ?」
「俺は仲間に未来に起こる出来事を一つだけ、視れる仲間がいたからな。それのおかげで、コンビニ強盗の人質になれただけさ……」
女性は、フーンと興味深そうな笑みを浮かべていた。
「次は、あんたの番だぜ。あんたは何者なんだ?」
「私?私の正体はね。ひ……み……つ……」
女性は、青年に近づき、耳元で囁いていた。
「なっ!?そっちだけ、ずるいぞ」
「女性は、秘密が多いほど、美しいものなのよ……それじゃ、また会いましょう」
女性は、そういうと青年から離れて、立ち去ってしまう。
「…いっけね!それより早く学校行かねーと」
◇◇◇
俺は学校に到着すると、日常のざわめきに包まれる教室へと足を踏み入れた
「よっ。相楽(さがら)、遅かったじゃねーか」
教室の隅で声をかけてきたのは、彼の友人であり、同じく能力者の藤井だった。
「ちょっと寄り道してた」
「寄り道にしちゃ、妙に疲れた顔してるな。さては、また能力で余計なことしたか?」
「……見てたのか?」
「いいや?ただの勘。でも当たりだろ?」
俺は言葉を濁した。こいつの勘はやたらと鋭いのは俺がよく知ってる。
「さては、また琴音に「朝なにか犯罪起きる〜」とか教えてもらったろ?」
「ああ……」
「どうしたんだ?何かあったのか?」
藤井は相楽が上の空だったので、頭を傾げながら質問していた。
「ちょっと……さっき、会った女の人が気になって……」
「まさか、一目惚れか!?」
藤井は、思わず相楽を揶揄っていた。
「見た感じ、同い年くらいかなとも思ったんだけど、雰囲気や口調から、もう少し大人の女性のようにも感じたんだよな……」
相楽は、強盗を取り押さえた女性のことを考えながら、空を見上げていた。
「おーい、相楽。お前、完全に飛んでんな」
藤井が手をひらひらさせる。
「……悪い」
「ったく、気になるなら探せばいいじゃん。能力者同士、そう簡単に縁が切れるもんでもないだろ?」
「探すって……俺の能力に追跡できるような力はねえよ」
「だからこそ俺の出番だろ!」
藤井はフフンと言わんばかりに胸に手を当てて言った。
「あ…そういや確かにお前の能力は――」
キーンコーンカーンコーン…
「はいお前らー。席につけ。授業始まるぞー。」
教室内に淡々とした先生の声が響き渡る。
「おっと!続きはまた後で話そうぜ。」「あぁ。頼りにしてるぜ」
授業が始まったが、相楽は授業に集中できないでいた。それ以外に考えていることがあったからである。
「あの女性、結局何者なんだろう。あんなに強いなら、最初からなんとかできていたはず、それをしなかったということは、何か動けなかった理由があるのか?さっきのコンビニ強盗かあるいは、人質が関係しているのか?」
相楽は、授業のテキストを開きながら、ノートに考えていることを記入していた。
「それと、最後に別れるとき、耳元で囁かれて動揺して、忘れてしまっていたけれど、彼女の視線は別の方向を向いていた。つまり、誰かをみつけたか、誰かに見られていたことを隠そうとしていたということも考えられるのか……」
相楽はノートに纏めていると、授業がいつしか終わってしまっていた。
「おいおい……相楽、お前ノートに授業のこと全く書いてねぇじゃねぇかよ。そんなに気になるのか、その女の人……」
藤井は、相楽が書いたノートを見て、何があったのか、女性の特徴などが書かれているのを見て、思わず笑ってしまっていた。
「お前、笑ってる場合かよ」
「だってよ、まるで探偵のメモだぞ。特徴とか能力とか、状況まで……次は似顔絵でも描く気か?」
「冗談じゃなく、本当に気になってんだよ。俺を除いてあの場にいた全員が恐怖で動けなかったのにあの人は迷わず動いた。……ただの偶然の通りすがり、なんて思えない」
藤井はふと真顔になった。
「……たしかに。能力者が犯罪に介入するのは珍しいことじゃないけど、妙に謎が残ってるって感じだな。お前のそれを見てると」
「そうだ。何だか引っかかるっつーか……そんな雰囲気だった」
相楽はペンをくるくると回しながら考え込む。
そのとき。
「相楽くーん、藤井くーん」
明るい声が二人を呼んだ。教室の前の方から手を振っているのは、同級生の琴音だった。
「琴音じゃん。お前が何か犯罪が起きるなんて言うから、相楽のやつコンビニ強盗の人質にされたじゃねぇか」
藤井は、琴音に相楽が書いたノートを見せながら、話していた。
「大丈夫だった?」
「ああ……俺は、別になんでもなかった」
「相楽のやつ、コンビニ強盗のときにあった女の人が気になって仕方ないんだってよ」
「へぇ……そうなんだ」
琴音は、藤井が指差すところを見ながら、軽く話を聞いていた。
「うん!?いや……でも、違うよな?」
琴音は、ノートに書かれた女性の特徴を見て、頭を傾げていた。
「琴音、どうかしたのか?」
「いや……気のせいだと思うんだけど、能力は確かに同じなんだけど……」
「また、何か視えたのか?」
「うん……男の人の近くを眼鏡をかけたスーツの女の人が歩いていると、その男の人が振り返った瞬間、謎の集団に囲まれて、襲われているところ。女の人は能力を使うけど、相手には効かずに倒されて、連れ去られちゃうの……」
「おい……」
「いやいや……あの女の人に限って、それはあり得ないよ……」
相楽は、女の人の凄さを知っていたため、信じられず、否定していた。
「それなら、そろそろ俺の出番だな」
「……出番って、どうやって探すつもり?」
琴音が眉をひそめる。
「俺の能力、《残響感応(エコー・リンク)》だよ」
藤井は自慢げに指を鳴らす。
「残響感応……?」琴音が首を傾げた。
「簡単に言えば、“物に残った人の痕跡”を辿れる能力ってとこ。例えば椅子に触れると、椅子に座った時間、触れた温度、呼吸の揺れ、……そういう残り香みたいな痕跡を拾って、その座った奴がどこへ行ったか追跡できる」
「なんか気持ち悪いね、それ」「おいおい、人の能力にケチつけんなっての」
やや蔑んだような目で藤井を見る琴音の隣で、説明を聞いた相楽は答える。
「つまり、お前が“彼女の痕跡”に触れればいいんだな」
藤井はニヤリと笑う。
「ご名答。その女の痕跡残ってそうなのとか、心当たりないか?」
「痕跡と言われても、人質の間は、全くだし。耳元で囁かれたときに、肩に触れられたけど……」
「あっ!?あったよ……その女の人の痕跡。ほら?これ、長い髪だから、その女の人のじゃない?」
「相楽の耳元で囁やいたときに付いたのかもしれないな……」
「藤井、これでいけそうか?」
「やってみる……少し、時間をもらうぞ」
「……おお、きたきた。これは確かにその女の残響だ」
藤井の声は低く、集中の色を帯びていた。
「どうなるんだ?」
「痕跡は、温度と呼吸、それに……感情の残り香だ。椅子やドアノブに比べりゃ薄いけど、耳元で囁いたときの“距離感”が濃く残ってる。……ちょっと待てよ」
藤井は目を閉じ、髪を握りしめたまま息を潜める。
やがて、その身体がわずかに震えた。
「……見えた」
「なにが?」
「人混みの中を歩いてる。眼鏡をかけたスーツ姿……。ああ、やっぱりお前が言ってた未来視の女性像と一致するな、琴音」
琴音の表情が強ばる。
「じゃあ……やっぱり、そのあと……」
「襲撃は近いだろうな。つまり、俺たちが動けばまだ間に合うかもしれない」
「まさか……本当に、あんなに強かった女の人が!?」
「相楽、信じられないのはわかるが、俺たちが動かないとその女の人は、危ないんだぞ」
「わかった。ただ、琴音は連れて行けないから、俺たちの連絡を待っていてくれ」
「わかった。気をつけてね……」
「ああ……行くぞ、相楽!!」
「ありがとう。藤井……」
相楽と藤井の2人は、教室を急いで出ていく。その後ろ姿を黙って琴音は、見送っていた。
一方、その頃、眼鏡をかけたスーツの女性は、街並みを歩き続けていた。すると、一人の男性を見つけ、近づいていた。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いえいえ……流石、時間通りですよ。では、行きましょうか?」
「ええ……よろしくお願いいたします」
眼鏡をかけたスーツの女性は、眼鏡をクイっと上げると笑みを浮かべていた。
「いや……まさか、こんなに綺麗な方が私達の組織に興味を示してくださるなんて……」
「フフ……お世話でも嬉しいです。組織のために、精一杯頑張りたいと思います」
男性に誘導されるまま、眼鏡をかけたスーツの女性はついて行く。彼女は、ようやく組織に近づける喜びに笑みを浮かべる。
しかし、彼女はまだ知らなかった。組織の手は彼女に近付いていることと、組織の術中にハマっていることに……
「……ここから先は裏通りだな」
藤井はスマホの地図を片手に、相楽を先導していた。
「残響はまだ強い。歩幅も早いし、迷いなく目的地に向かってる感じだ。組織の匂いがプンプンするぜ」
藤井は横目で彼を見る。
「にしてもお前、ずいぶんと気に入ってるみたいだな。会ったばかりの奴をそこまで心配するなんて」
「違う。ただ……あの目が忘れられねぇんだ。ただ戦い慣れてる奴の目じゃない。何かを抱えて、必死で立ってるような目だった」
藤井は鼻を鳴らし、また歩を進める。
◇◇◇
一方その頃――。
眼鏡のスーツの女性は、男に案内されて薄暗いビルの一室に足を踏み入れていた。
部屋は殺風景としており、机一つない。窓には黒いカーテンが引かれ、異様な静けさが支配していた。
「ここが……?」
女性が問いかけると、男は笑顔のまま扉を閉め、低い声で告げた。
「ええ、組織の“入口”ですよ。歓迎します……我らが獲物」
「……っ!」
女性の瞳が鋭く光り、瞬時に残像を生み出して距離を取る。だが、その影から抜け出そうとした瞬間――
「無駄だ」
壁の影が蠢き、人影が四方から立ち上がる。
彼らは無言のまま、女性を囲んだ。
女性の額に汗が滲む。
(……しまった、完全に誘い込まれた……!)
「最近、私達の組織について、探りを入れている女がいると聞いていたが、まさか、こんなに綺麗な女の人だったとは……」
「くっ……なんとかして逃げ出さないと……」
女性を誘導してきた男性は、女性に近づいていく。女性の方は、再び、残像を生み出そうとするが……
「無駄だだと言っただろう。お前の能力は封じさせてもらった」
「ち、力が使えない」
部下の一人が床に手をつけているのが、見えていた。どうやら、床を通して、光が影まで伸びているのがわかった。どうやら、捕まっている間は力を封じられるようだ。
「さて、あなたには、組織に探りを入れた理由。どうして、私達に近づいてきたのか、話してもらいましょうか?」
「フッ……断るわ」
「やれやれ……痛い思いをしないとわからないようですね」
「痛い思いですって……えっ!?消えた!?グハッ!?イヤァァァァァ…………」
女性は、目を離したつもりは全くなく、目の前で光のように男性の姿が消えたことに驚いていると、気付いた頃には、たくさんのパンチを喰らった後で、膝から崩れ落ちていた。
「おや?何かが落ちたようですね。これは、ペンダント?ハハハハッ…………なるほど、あなたの目的は、彼女の復讐ですか」
男性が拾ったペンダントは、ロケットペンダントになっており、そこには、かつて組織の企みにより、命を奪われた彼女の親友の写真があった。
「……返せ……それを、返せ……!」
女性は血の滲む唇を噛み、ふらつきながら立ち上がろうとした。
しかし影の拘束は強く、足は鉛のように重い。
「返す? そんな大切なものをわざわざ見せるあなたが悪いでしょう」
男はロケットペンダントを開き、中の写真を無造作に見せびらかした。
「ほう……彼女があなたの親友か。哀れだな。組織に逆らった末路は同じ、死だ」
「……黙れッ!!」
女性は声を振り絞るが、再び光のような速度で現れた拳が頬を打ち抜き、体が壁に叩きつけられる。
「ぐはっ……!」
床に膝をつき、意識が霞んでいく中、彼女の頭に浮かんでいたのは親友の笑顔だった。
――あの子が死んだとき、誓ったはずだ。必ず真実を暴き、組織を潰すと。
「強がりも限界か。だが心配するな、君の命も近いうちにその写真の隣に刻まれる」
男は冷笑し、部下たちに目配せする。
その瞬間――
ドンッ!
重い扉が蹴破られ、埃と光が一気に部屋へ流れ込んだ。
「――そこまでだ!!」
振り返った黒衣たちの視線の先に、息を切らせた二人の少年が立っていた。
相楽と藤井。
「お前たち……誰だ?」
男の声が鋭く響く。
相楽は一歩前に出る。
「俺の名は相楽恭一。俺たちが何者だろうと関係ない。そいつから離れろ」
女性は半ば意識を失いながらも、開かれた扉の光に相楽たちの姿を見ていた。
(……来てくれた……? どうして……)
「やれやれ……後もう少しで、この女性を連れ去って、始末するつもりだったのですがね。しかたがありません。あなたたちも同じ目にあってもらいますよ!!」
「はあ……そこだな」
男性は、光の速さでパンチを相楽に喰らわそう
とするが、相楽は能力でパンチを避けた後、部下の一人の方に吹き飛ばしていた。
「何が起きたんだ!?確実に当たるはずだったのに……」
「なんとか間に合ったみたいだな。相楽」
「ああ……良かった。間に合って……」
「ど……どうして……ここが……」
女性は、相楽の腕の中で、意識が消えそうになりながらも、相楽に質問していた。
「未来が視える仲間とこの藤井のおかげで、なんとか辿り着けました」
「そう……」
女性は、限界を迎えたのか、気を失ってしまう。
「この場を早く切り抜けるぞ。藤井」
「わかってるよ」
「お前ら……ッ!」
リーダー格の男の顔に、初めて焦りが滲んだ。光速に匹敵する拳を、正面から無効化されたのだ。
「相楽恭一……と言ったか。貴様の能力……一体どういう仕組みだ」
男は歯噛みしながら問いかける。
相楽は女性を優しく床に横たえ、立ち上がると冷ややかに答えた。
「教える義理はねぇよ。ただ一つ言えるのは――俺に拳は当たらない」
「くっ……!」
男の合図で、黒衣の部下たちが一斉に飛びかかってくる。
「藤井!」
「言われなくても!」
藤井が指を弾くと、近くの壁や床に残る“痕跡”が波紋のように広がり、部下たちの動きを逆算して炙り出す。
「右から二人、背後から一人来るぞ!」
「助かる!」
相楽は声に従い、最小限の動きで敵をかわし、弾き飛ばす。銃弾もナイフも彼に触れる前に進路を拒絶され、宙を舞った。
「こ、こいつら……連携が異常に噛み合ってる!」
藤井がニヤリと笑う。
「“お前たちがどう動いたか”は全部残ってる。痕跡がある限り、お前の速さは意味をなさない」
「俺と藤井が合わさりゃ、無敵ってわけだ」
「くそっ……余裕ぶりやがって……許さねえ」
男は、二人の連携に怒りを露わにしていた。
「いい加減、諦めるんだな。いくらやっても無駄だ」
相楽と藤井は勝ちを確信していた。しかし、若さ故か、それが時には弱点にもなる。
「痕跡か……その痕跡がなくなったら、どうなるのかな……」
男は、天井の壁を殴りつけると水道管が破裂してしまい、部屋の痕跡は水で洗い流されてしまう。
「部屋を濡らして、足跡などの痕跡を消したのか……でも……」
「フッ……水道管が破裂したことで、一瞬隙ができたな。お前たちが距離を離してくれたおかげで、近づけたよ。ほら?俺の足元にあるのなんだ?フフ……アハハハ……」
二人は、水道管が破裂したことに意識が向いてしまい、一瞬の隙ができてしまう。
二人が気づいた頃には、気を失っている女性から距離が離れてしまっており、気を失って抵抗できない女性を男は笑みを浮かべながら、怒りをぶつけるかのように踏み続けていた。
「やめろォォォッ!!!」
相楽の怒声が部屋を揺らした。
拳銃も刃も無効化できる彼が、今にも飛び出そうとする。しかし――
「動くなよ? こいつの命が惜しけりゃな」
男は女性を足元に押さえつけ、さらに踏みつける。水に濡れた床に血が広がっていく。
「クソッ……!」相楽の拳が震えた。
自身の攻撃の進路を拒絶できても、他者に対する接触は避けられない。しかも今、痕跡は水に流され、藤井の感応は働きにくい。
「英雄気取りのお前らもこの有様だ。力を持っていても、守りたいもの一つ守れやしない!」
男の嗤いが、空間を切り裂いた。
「……相楽」藤井が声をかける。
「わかってる」
二人は短く視線を交わす。
「わ、わかった。俺たちの……」
二人は、女性の身の案じ、負けを認めようとした瞬間……
「私のことは……気にしないで、こいつを……倒しなさい……私のせいで、巻き込んじゃったんだから……お願い……私に構わず……倒して……」
僅かに意識を取り戻した女性は、二人に男を倒すように伝える。
「き……さ……ま……ふざけるなよ。そんなに死にたいなら、今ここで殺してやろうか!!」
男は、怒りを露わにしながら、足元で倒れている女性を力強く踏みつけたり、蹴ったりを繰り返していた。
「は……はや……く……」
「ううっ……」
二人は、女性の覚悟に涙が止まらないでいた。
「相楽!今しかねぇ!!」
彼は床に手を触れ、残った“水流の痕跡”へ感応を伸ばした。
「水だって流れりゃ足跡を刻む!お前の足が触れた水は全部記録してるんだよ!」
「チッ……!」男の表情が険しく歪む。
だが次の瞬間、藤井の指が弾かれた。
「――お前の進路はもう見えてる」
「相楽ァ!!」
「任せろッ!!」
リーダーの男が再び光速のような拳を繰り出す。
しかしその軌道は藤井によって完全に読み切られ、相楽の《軌道拒絶》が一歩先を行くように逸らしていく。
「なにィッ!? 俺の拳が……全て拒まれるだと!?」
「言っただろ……俺に拳は当たらない。だがな――」
相楽の瞳に烈火のような光が宿る。
「女を踏みつけにしたお前に……容赦はしない!!」
彼の拳が振り抜かれた。
軌道拒絶の力で加速するかのように、周囲の空気を弾き飛ばして一直線に。
「ぐはっ……!!」
リーダー格の男は壁へ叩きつけられ、床を砕いて沈み込んだ。
「はあはあ……やったぞ、やったぞ!!」
「ああ……やったな。それで、女性の人は?」
「そうだ……」
相楽は、女性に近づいて、状態を確認していた。
「心臓は動いているけど、怪我はかなりひどい状況だ。早く治療しないと……」
相楽は女性のことで、慌ててしまっていた。
「相楽、ここは俺に任せて、お前はその女の人を運び出すんだ。兄貴に連絡して、車で来てもらっているから、お前の家まで送ってもらうんだ。お前の姉さんの治癒能力なら、まだ助けられるかもしれないからな……」
「ありがとう、藤井」
相楽は、優しく女性を抱き抱えて、運び出して行く。
「生きることを最後まで諦めないでくれ……絶対に助けるから」
相楽は女性を抱きかかえたまま、暗く湿ったビルの階段を駆け下りた。
背後ではまだ藤井と倒れたリーダー格の男の部下たちが小競り合いを続けているはずだ。
しかし、今の相楽には目の前の女性を助けることしか頭になかった。
「大丈夫だ……もう大丈夫だからな」
彼は必死に言い聞かせるように呟きながら、その体温の減退を感じ取っていた。腕の中で彼女の呼吸は浅く、かすかな呻きがこぼれる。
外に出ると、ちょうど一台の黒いワゴン車が横付けされていた。運転席から降りてきたのは、藤井の兄、藤井祐介だった。
「間に合ったな。……それが件の女性か?」
「ああ……すまない、頼む!」
相楽は車に彼女を乗せると、手を握ったまま離さなかった。
「お前の姉貴んとこまで運ぶ。治癒能力なら、これくらいの損傷はなんとかなるだろう」
兄の低い声が車内に響く。
◇◇◇
道中、相楽は女性の意識を必死に繋ぎ止めようと声をかけ続けた。
「おい……聞こえるか? 絶対に助かるから。事情は知らねーけど、お前はまだやることがあるんじゃないのか?」
そのとき、女性の瞼がわずかに開き、掠れるような声が返ってきた。
「……どうして……そこまで……」
「どうしてって……俺は、傷ついてる人を放っておけるような人間じゃねえし」
相楽は答え、彼女の握力が弱々しくも指先に触れるのを感じ取った。
「……復讐なんて……重いものを……背負うな……私みたいに……」
「復讐……?」相楽の心臓が跳ねる。
女性はそれ以上言葉を続ける力を失い、再び目を閉じた。
「……おい、まだ寝るなよ!」
焦りの声をあげる相楽に、運転席の兄が落ち着いた声をかける。
「落ち着くんだ。女性の心臓の音はどうだ?」
「僅かだけど、心臓の音は聞こえる」
相楽は女性の胸に耳を傾けながら、話していた。
「なら、心臓の音が聞こえなくならないように、注意しておくんだ」
「わかった。話したいことも聞きたいことも沢山あるんだ……だから、死なないでくれ」
相楽は、女性の手を繋ぎながら、必死に願っていた。
しばらく、時間が経ち、相楽の自宅に到着していた。すると、相楽の姉、相楽御幸が待ち構えていた。
「その女の人ね。あんたが、助けてほしい人は……」
「ああ……頼む」
「とりあえず、あんたの部屋に布団ひいておいたから、そこまで運んで早く!!時間との勝負よ……」
相楽と藤井兄は、女性をゆっくりと車から降ろして、家の中に運んでいく。
「藤井さん、ありがとう。あなたは、弟さんを迎えに行って、ここまで運んでくれてありがとう。今度何かお礼するから……」
「いえいえ……お気になさらず。では、後はお願いします」
藤井兄は、弟を迎えに行くため、相楽宅を後にする。
「さて、恭一、あんたも手伝いなさい。しっかり、この人を手を繋いであげるの……良いわね?それと、全て終わったら、紹介しなさいよ」
「別にそういう関係じゃ……」
相楽は、顔を思わず逸らしてしまっていた。
「それじゃ……やるわよ」
御幸は、両手を広げて、治療を開始していくのだった。
「よし……これなら……」
御幸の額に汗がにじむ。治癒の力は膨大な集中力と体力を奪うため、彼女自身も疲弊していた。
「……あと少しで安定する。あんた、この人の名前は?」
「いや……まだ聞いてない」
「馬鹿ね。だったらなおさら、死なせるわけにはいかないわ」
その言葉を合図にしたかのように、女性の体が小さく震え、握られた手に力が戻る。
「……ぅ……」
わずかに目を開き、焦点の合わない瞳が相楽を見た。
「おい! 大丈夫か!」
女性は薄く笑った。
「……影宮麗華(かげみや れいか)……忘れないで……」
そう名乗った瞬間、再び彼女は意識を手放した。だが今度は、安堵を伴う眠りだった。
◇◇◇
人通りのない路地裏。
街灯に照らされた壁にもたれながら、琴音はスマホを耳に当てていた。
その表情は、いつもの穏やかな笑顔ではなく、冷徹な光を宿している。
「……はい。計画通りです。強盗事件から、影宮麗華が組織に接触するところまで、すべて」
通話の向こうの声が低く応じる。
『よくやったな。お前の《暗示》はやはり優秀だ。あのコンビニの強盗も、ただの一般人だったのだろう?』
琴音はわずかに口元を歪めた。
「ええ。少しささやいてあげれば、人は簡単に操れます。あの男も普段は真面目に働くただの会社員。……でも、“人質を取って暴れる強盗になれ”って暗示を植え付ければ、ああなる」
『相楽たちをそこに誘導するためか……』
「はい。相楽恭一にも、彼女を忘れられないように念の為暗示を。彼らには未来視と誤魔化しましたが、状況を整え“そうなる”ように仕向けてきたので上手くいきました」
琴音は一瞬だけ空を見上げ、薄く笑った。
『なるほど……引き続き今後も、よろしく頼む』
「はい。ではまた後で」
琴音は通話を切ると、ポケットにスマホを滑り込ませ、微笑を作った。
それは学校で見せる柔らかい笑顔と同じ形――ただし、その裏に潜むものは、まったく別だった。
「相楽くん、藤井くん……私を信じてくれてありがとう。
でもね……あなたたちが信じた“未来視”なんて、本当は存在しないの」
二人が組織との戦いから一夜が明けていた。
「ううっ……ここは!?そうか……私、彼らに助けられたんだったわね。傷も治っているみたいだし、お礼を言わなきゃ」
麗華は、目が覚めて身体を起こすと、自分の手を繋ぎながら、眠っている相楽の頭を撫でていた。
「うう……はっ!!目が覚めたんですね。身体はもう大丈夫ですか?」
相楽は目を覚ますと、昨日のボロボロな姿とは裏腹に元気な姿の麗華がいた。
「ええ……助けに来てくれてありがとう。おかげで命拾いしたみたいね」
「よ…良かった……」
相楽は、涙を流しながら、麗華を優しく抱きしめていた。
「あら?目が覚めたみたいね。麗華さん……もう、傷の痛みはない?」
二人の声を聞いた御幸が部屋の扉を開けていた。
「はい。昨日はありがとうございました。えっと……」
「あっ……私は、そこの泣き虫の相楽恭一の姉の御幸です」
「御幸さん、ありがとうございます。そうだ、あなたと一緒に私を助けに来てくれたあの子にもお礼を伝えないと……」
「まだ、安静にしとかないと……」
麗華が立ちあがろうとすると、二人は必死に止めていた。
「藤井にお礼なら、後で電話しますから……」
「あなたを運んでくれた祐介には、これから会うから私から伝えておくわ」
「えっ!?祐介さんと!?」
「麗華さんをうちに運んでくれたお礼にデートしてあげることにしたから。それじゃ、お二人はごゆっくりと……」
御幸は、笑みを浮かべながら、部屋から出ていった。
「もう……姉貴のやつ余計なことを……そういえば、これ大事なやつですよね?お返しします」
相楽は、麗華の大事なペンダントを掌に返していた。
「ありがとう。亡くなった親友の形見なの……」
「親友の命を奪われた復讐をしようとしたんですよね?」
「ええ……親友の命を奪った組織を壊滅させるために近づこうとしたのだけれどね」
「麗華さん、俺、麗華さんのことが好きです。コンビニ強盗のときに初めて会って、一目惚れしました。俺は、どんな危険も麗華さんと立ち向いたいんです……」
相楽は下を向いて涙を流していた。
「わかった。良いわよ……」
「えっ!?ううっ……!?」
相楽は顔を上げた途端、唇を奪われ、驚いていた。
「これから、よろしくお願いするわね」
二人ならこれからも、どんな困難も立ち向かっていけるだろう……