夢で会えたなら……
毎日毎日夢の中で出会う綺麗な顔をした男の子。私はいつのまにかその男の子に恋をしてしまいました。
その子はいつも私に駆け寄り優しく柔らかな声で私の名前を愛おしそうに呼びながら頬をなでる。
でも……これは私が勝手に見ている夢。
現実の私にはきっと一生訪れない夢。
夢の中の私はふわふわキラキラとした恋心と優しい彼の温もりに包まれて幸せそうに微笑む。
ある朝、目覚めると、頬に微かな熱が残っていた。それは、昨夜夢の中で彼がそっと触れた場所。
まさかと鏡を見ても何もない。
しかし、その日以来、現実の世界に奇妙な異変が起こり始める。
朝、コーヒーを淹れるとカップの縁に薔薇の花びらが張り付いている。
「な、なに?これ……!?」
私は予期せぬ出来事に困惑し、首を振って花びらの出所を探す。
「気味が悪い……」
湿って色濃くなった花びらをつま先で拾い上げ、ゴミ箱に放り投げる。煎れたばかりだけど、とても飲む気にならない。私はコーヒーを流しに捨て、冷蔵庫からバナナを取り出した。朝はこれでいいや、と、茎をひねって皮を引き剥いた瞬間、皮の中から現れたのは白くネットリと繊維質な果実ではなく、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、空いた空間から弾けるように飛び出す薄桃色の花びら達だった。
軽く悲鳴を上げて取り落とした。こんな悪戯を計画するような親しい友達は居ない。心臓がバクバクと音を立て、恐怖が脊椎を昇る感覚を覚える。
私は急いで床の花びらを新聞紙でまとめ、二重にしたビニール袋に押し込んだ。証拠隠滅、というよりは、この非現実的な現実から目を逸らしたい一心だった。バナナの皮はそのままゴミ箱に。もう朝食などどうでもよくなった。
ただ、この異変が、あの夢の「彼」と関係していることは、直感的に理解していた。頬に残った微かな熱、コーヒーのカップ、そしてバナナ。彼の触れたものが、現実を侵食し始めている。
その日、会社へ向かう電車の中、私は警戒心から周囲をきょろきょろと見回した。
すると、窓の外、ビルの屋上に咲き乱れるはずのない薄桃色の花々を目撃した。風もないのに、花びらが一斉に舞い上がり、まるで私を追いかけるかのように、電車の窓にいくつもぶつかってくる。