フルーツパーラー事件

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  • ホラー
  • 現代ドラマ
  • ミステリー
  • 登場人物が死ぬの有り
  • 暴力描写有り
  • 残酷描写有り
1人目

「本日のおすすめは、旬の桃を使ったパフェです」
それが、まさか最後の晩餐になるとは誰も思わなかった。老舗フルーツパーラー『果実園』の常連客、橘は、いつものようにカウンターで他の常連客と談笑していた。一口、二口とパフェを口に運んだ次の瞬間、彼の顔はみるみるうちに土気色に変わり、手からスプーンが滑り落ちる。甘い香りに満ちた店内は、一瞬にして凍りつくような緊張感に包まれた。

2人目

「え?……だ、大丈夫ですか!?誰か!救急車を呼んで!」

若い女性が橘に駆け寄り、耳を彼の口元に寄せて返事、呼気の確認をするが、呼吸の兆候は顕れない。

「し、死んでる……!?」

女性が呆然と言葉を吐き出した。

「わざとらしい演技はやめなよ姉ちゃん。あんたもコッチ側だろ?」見るからにヤカラな若い男が挑発的に言い、ブーツをテーブルの上に乗せる。「ここにいるヤツ、全員がそうなんだろ?この緊張感……殺し屋特有の気配だ」

彼の目線は『果実園』の主人に向いている。

「一つ言っておくが、これは俺の仕事じゃねえ。俺はこれに関わる気はねえんだ」

主人はため息ひとつ、首を横に振る。
「この方は数少ないカタギの常連のお客様でした。どのような意図でこのようなことをなさったのか測りかねますが、この方を殺害した者にはしかるべき報いを受けさせます。わたくし、凶朽刀<キョウチクトウ>の名にかけまして」

『果実園』に集まった殺し屋たちの間にさざめきのような動揺が走る。今は情報屋兼仲介人として活動しているとはいえ、主人はかつて最強の名を恣にした殺し屋だ。勘違いで殺意を向けられてはたまらない。

橘の頸動脈から脈を取っていた女が、そっと立ち上がった。裏通りで怪談の如く語られる、逆さ吊りのお燐とはこの女のことだ。「看たとこ、おそらく毒ね。この中に毒使いは居る?」

ガタン!椅子を倒しながらモノクルの紳士が慌てて立ち上がる。殺人実験医酒井だ。「なんだ!わ、私の仕事だと言うのか!?私がそんな簡単に毒だと見抜かれるような仕事をするはずがなかろうが!」

3人目

ガタン、と椅子を倒した酒井が激昂して叫ぶ。その声は震えていた。殺し屋たちが酒井に疑いの目を向け始めた時、田尾が静かに口を開いた。
「酒井さん、興奮なさるのもわかりますが、ご自身の胸に手を当ててよく考えてください。橘さんはあなたの専門分野である毒物で殺害された。その事実だけで、あなたは疑われるに十分な理由があります」
「馬鹿なことを言うな!私はそんなヘマはしない!田尾、お前が犯人だ。お前は橘と親密だった。橘が持っていた『宵闇の雫』を横取りしたかったのだろう?」
酒井は震える指で田尾を指差した。
『宵闇の雫』。それは、特定の条件下でしか生成されない幻の鉱石だ。莫大なエネルギーを蓄積し、科学者や技術者、そしてもちろん、一部の暗殺者たちの間で伝説として語り継がれてきた。この鉱石を狙わない殺し屋はいない。
ルビーと呼ばれる女が口を挟んだ。
「ちょ…ちょっと待ってよ!なぜ一般人の橘がそんな凄い石を持っていたんだい?拾ったにしても運が良すぎる。誰かから預かったとか?」
主人はカウンターの中で腕を組み、静かに首を振った。
「私は、橘さんの素性を詳しく調べていましたが、不審な点は一切見当たりません。本当に、ただの普通のサラリーマンで、ご家族もいらっしゃる。会社での評判も良く、趣味は食べ歩きと園芸…裏社会とは無縁の、模範的な一般人としか言いようがありませんでした。そんな方が『宵闇の雫』を手に入れるなんてありえない話です」
「つまり、誰かが橘にわざと『宵闇の雫』を持たせて、この店に送り込んだってことか?」
トンプソンの金井も話に加わる。
「そんな事をするよりも、その石を自分の物にした方が大儲けが出来るね」
話が殺人事件から脱線し始めていた。『宵闇の雫』という鉱石がこの場に居る全員の心を乱していた。

4人目

ダァン!
主人の目の前のカウンターテーブルに果物ナイフが突き立てられる。まるでそこにナイフ置き場があるかのように柄だけがテーブルから飛び出て、刃金は全て深々と突き立ったテーブルの中に収められた。
「私は、愛すべき私の友人の仇を探していると言ったんです。金儲けの話がしたいと言いましたか?」
一瞬にして殺し屋たちの浮足立った心は深い深海のような冷たさに晒される。
「まず酒井さん。貴方、なんだって彼が『宵闇の雫』を持っていることを知っていたんです。彼があの石の価値を知っていたとは思えませんし、ならばこそ見せびらかしたりもしないはずです。価値を知らないものから見れば、ただただ黒い石にしか見えませんからね」
主人に水を向けられた酒井が、言い訳のように語りだす。
「それは……その、依頼人に聞いたからだ」
「依頼人?」
「まず言っておくが、私は殺していない。そもそも依頼は橘から石を盗むことだったんだ」
田尾が口笛を吹く。「酒井サンが泥棒に転職していたなんて初めて聞いたなあ」

5人目

「うるさい!私は殺し屋である前に科学者だ!私の技術を必要とする『赤の交差』からの依頼だった!」
酒井は叫んだ。
その間に、ルビーが橘の死体に近づき、彼の服をそっと調べていた。彼女はプロの探索者(シーカー)であり、死角に隠された証拠を見つける能力に長けている。
「ねえ、ちょっといいかい?」
ルビーが呼びかけた。
「この人、カバンも財布もそのままだけど、内ポケットだけが変に破れてる。鋭利なもので切り裂かれた跡だわ。石は、ここに隠されてたんじゃない?」
「内ポケット…!」
田尾が思わず声を上げる。
「模範的な一般人が、最も価値のあるものを無防備に持ち歩くはずがない。無意識にでも、最も安全だと感じる場所に隠すものです。橘さんはこの石が何かしらの価値があると知っていたのかも知れません」
その時、トンプソンの金井が、吐き捨てるように言った。
「くそったれ!この状況が、俺は一番気に食わねえ!」
金井は忌々しそうに拳を握りしめる。
「『赤の交差』、『雨傘同盟』『メテオライトグループ』…世界中のどの組織も、血眼になって『宵闇の雫』のありかを追っていた。何十年もの努力と犠牲を払っても、誰も見つけられなかった。それが何の因果かただのサラリーマンが持っている。今までの様々な犠牲は何だったんだ」
ルビーが返す。
「まあ、いいじゃないの。それで私達の出番が増えたんだから。貴方だってかなり儲けたんじゃないの、メテオライトグループ分裂騒動で」
一枚岩だった筈のメテオライトグループは『宵闇の雫』一つのために分裂を起こし、その一部は『グラッバ』と呼ばれる組織となった。身内同士の潰し合いはメテオライトグループという組織そのものの大幅な弱体化を引き起こした。