奇襲
「ん?おい、お前ら!何をしている!」
「…あ?」
「なんだテメェ!」
操縦室に足を踏み入れた瞬間、カレドは三人の男と鉢合わせた。
二人は操縦席を占拠し、もう一人は隅の椅子に腰を下ろしながら酒をあおっている。
どいつもこいつも目つきが悪く、粗暴さを隠そうともしない。
「見てわかんねぇか?仕事だよ、仕事!」
酒を持っていた男がよろりと立ち上がり、手元の瓶を床に落とした。
ガシャン、と派手に割れる。
「うおッ!?クソッ……てめぇ!弁償しろ!」
「いや、俺のせいじゃないだろ…」
「黙れ!俺様の酒を台無しにしやがって!」
どう見ても、この船の乗組員ではない。
カレドは内心で大きく息を吐いた。
――やれやれ。眠っている間に宇宙海賊に襲撃されたらしい。
酒瓶を割った男は、まだ喚き散らしている。「てめぇ、聞いてんのか!俺様の酒だぞ!」
カレドは冷静さを保つことに努め、一歩も引かずに海賊たちを見据えた。
「俺は弁償などしない。それよりも、お前たちに聞きたいことがある」
酒瓶を割った男は、耳障りな甲高い声で笑った。
「あぁ?聞きたいことだと?この状況で随分と図太いじゃねぇか!いいぜ、何が聞きてぇ? ただし、つまらねぇことだったら、その場で頭ぶち抜くぞ」
酒瓶を割った男は、瓶の破片を足で蹴散らしながら、カレドの周りをゆっくりと回り始めた。
カレドは静かに、落ち着いた声で尋ねた。
「この船には、お前たちが欲しがるような金目のものは積んでいない。運んでいるのは、ただの極秘研究資材、それも、お前たちが手を出せば、所属する組織ごと消される類の厄介な代物だ」
カレドはそこで言葉を区切った。海賊たちの動きが、ピタリと止まる。
「お前たちは、その情報を知らずに船を乗っ取ったのか?それとも、この研究の手伝いをしてくれるつもりか?」
酒瓶の男が警戒心に満ちた目でカレドを睨む。
酒瓶の男ー仮にヴィルドと呼ぼうーはカレドに聞き返した。
「その研究ってのは何だ?嘘だったら…」
いや、脅迫の方が近かったかも知れない。
とにかく、カレドは会話が途切れないように慌てて繋げた。
「そこまで詳しい事は言えない。ーただ、証拠はある。歩いて取りに行く訳にはいかないから取って欲しいんだが、そこのーそうそう、その棚の三段目にある赤いファイルだ」
「あーっと…『N23ヶ原に関する研究』?何だそりゃ」
カレドは、黙読すれば良かったのに、と思ったが、口出しまではできなかった。
「『N23ヶ原とは、非常に不安定な防空壕の連続です。しかし、防空壕には必ず『石本の間』があり、その部屋には番号付けがされています。研究結果によるとー』
ん?待てよ?これって、噂の『海賊騙し』じゃないか?別名『海賊ホイホイ』。これがどれだけ上手く出来ていても、やっぱり、それがホントとは限らないじゃあねぇか」
カレドは多少なりとも驚いた。ヴィルドがそこまでの頭脳を持ち合わせているとは思っていなかったからだ。カレドが何かを言おうとする間もなく、ヴィルドは仲間に話しかけた。
「おい見ろよ。こいつ、海賊ホイホイ渡して来やがった」
がー、どうやら、二人の仲間は興味がないのか、雑にあしらいながら辺りを見渡した。カレドは何かを探している、と思った。そして、それはヴィルドもそうらしくー。
ヴィルドは赤いファイルから顔を上げ、嫌な笑みを浮かべた。
「海賊ホイホイねぇ。ま、こういう手合いの船にはよく積んである代物だ。運送屋もなかなか図太い真似をする」
その目はカレドを値踏みしている。
ヴィルドは乱暴にファイルを開き、乱雑に綴られた紙面を視界に収めた。ファイルには、非異常性耐性の無い人間がその内容を視認すると、自動的に通称『N23ヶ原』内部の座標へと転送されるという異常性が仕込まれている。
「『研究結果によると――』」
ヴィルドの読みかけの言葉が、パチッという軽い電気的な音と共に途切れた。
彼の身体はまるで粒子が霧散するかのように、一瞬でその場から完全に消失した。
ヴィルドはこれが海賊ホイホイだとわかっていながら読み上げて、消えた。好奇心には勝てなかったのか、自分だけは大丈夫だと根拠のない自信があったのか…とにかく愚かな事をした。
ヴィルドの視界が、一瞬で白一色に塗りつぶされた。
「…あ?」
喉から漏れたのは、情けないほど間の抜けた声だった。 つい先刻まで手にしていた赤いファイルの感触も、足の裏に感じていた操縦室の床の硬さも、鼻腔を突く安酒の臭いも、すべてが消え失せていた。
そこは、どこまでも続く白く複雑な廊下だった。 天井に埋め込まれたLEDのような青白い照明が、影を作ることを許さないほど均一に空間を照らしている。空調の音だけが「サー…」と、耳障りなほど静かに響き続けていた。
「おい、どうなってやがる…。おま…え?」
ヴィルドは自分の声の響きに違和感を覚え、視線を下に落とした。
「なっ――!?」
絶叫に近い声が出た。 着ていたはずのライダースジャケットも、腰に差していた愛銃も、下着の一枚すらも残っていない。
彼は今、完全に、文字通り素っ裸でその場に立っていた。
「……ボス!?」
背後から声がし、ヴィルドは慌てて振り返った。 そこにいたのは、先ほどまで操縦席にいた二人の部下だった。彼らもまた、ヴィルドと同じく、生まれたままの姿で呆然と立ち尽くしている。 影のない明るい廊下では、隠すべき部位を隠す遮蔽物すら存在しない。三人の海賊は、互いの滑稽な全裸姿を晒し合いながら、しばらくの間、言葉を失った。
「テメェら、何で脱いでんだよ!」
「そんなこと言ったって、ボスだって…!」 「クソッ、これが『海賊ホイホイ』の正体か…!」
ヴィルドは屈辱に顔を赤く染めながら、辺りを見渡した。等間隔に並ぶ無機質なドア。どこを見ても同じ景色だ。
「出口だ! 出口を探すぞ! このままじゃあ、笑い死にされちまう!」
ヴィルドは苛立ちを紛らわせるように、一番近くにあった無機質なドアを乱暴に蹴り開けた。
「クソが! 出口はどこだ!」
しかし、目に飛び込んできたのは期待していた脱出路ではなく、四方を白い壁に囲まれた、がらんとした小部屋だった。部屋の中央には、古びた石碑のようなコンクリートの柱が一本だけ立っており、その表面には無機質に『072』という数字が刻まれている。
「……なんだ、この『石本の間』ってのは。他には何もねぇのかよ!」
部下の一人が、ヴィルドが開けたのとは反対側のドアを開ける。だが、そこも全く同じ、中央に柱が一本立つだけの「石本の間」だった。
真逆の扉を開けたというのに同じ部屋に繋がっているのだ。これにはヴィルド達は絶句する。
それから、どのドアを開けても、どれだけ廊下を全力疾走しても、視界に映るのは青白い光に照らされた代わり映えのしない廊下と、あの奇妙な石柱の部屋だけだった。
「おい、ボス…あっちから誰か来るぞ」
部下が廊下の先を指差した。ヴィルドは咄嗟に身構えたが、すぐに自分の無防備な格好を思い出して顔をひきつらせた。
前方からやってきたのは、五人ほどの男たちの集団だった。彼らもまた、ヴィルドたちと同様に一物も身にまとわぬ「素っ裸」の状態だ。 相手もこちらに気づき、動きを止めた。
「…あ?」
「…お前ら、何者だ」
互いに殺気立った視線をぶつけ合おうとするが、何せ全員が全裸である。鍛え抜かれた筋肉も一糸まとわぬ状態では威厳よりも滑稽さが勝ってしまう。
「おい…あいつら、別の組の『首狩りザッパ』の野郎じゃねぇか?」
「あぁ!? テメェ、ヴィルドか! なんでこんな所に…って、お前らも裸かよ!」
ザッパと呼ばれた大男は、驚きと羞恥が混ざり合った妙な声を上げた。その瞬間、沈黙が廊下を支配した。影のできない明るすぎる照明が、彼らの局部を無慈悲なほど克明に照らし出している。
「見るな!こっちを見るんじゃねぇ!」
ヴィルドは反射的に、両手で股間をがっしりと覆い隠した。それにつられるように、部下たちも、そして対面していたザッパの連中も、一斉に両手で自分の股間を隠す。
「誰が好き好んでテメェのそんなもん見るか! クソッ、なんだってんだこの場所は!」
「俺たちもさっき転送されてきたんだ!どこまで行ってもこの廊下と『石本』しかねぇ!」
「…おい、あそこのドアが開いたぞ!」
唐突なザッパの叫びにヴィルドが視線を動かすと、十数メートル先のドアが勢いよく開き、中からさらに七、八人の男たちが雪崩れ込んできた。
「うわっ!?なんだここは!」
「俺の服は!?おい、誰か服を盗みやがったな!」
新たに現れた連中も、例外なく一糸まとわぬ姿だった。彼らもまた、ヴィルドたちと同じように狼狽し、反射的に股間を隠して縮こまっている。これでこの狭い廊下には、二十人近い全裸の男たちがひしめき合うことになった。
更に廊下のあちこちにあるドアが、まるで申し合わせたかのように次々と開き、そのたびに数人単位で「新しい」全裸の男たちが放り出されてくる。どの男も一様に、突然の転送と自身の無様な姿にパニックを起こしていた。
「…まただ! また増えやがった!」
ザッパが吐き捨てるように叫んだ。
「おい、そこの! 出口はどっちだ!」
「知るか! 俺たちも今来たばかりだ!」
「誰だテメェは! 寄るな、こっちを見るんじゃねぇ!」
怒号と困惑の声が、影のない白い廊下に反響する。見覚えのある顔や全く知らない顔が入り乱れ異様な雄の熱気が廊下に満ち始める。
ヴィルドは必死に両手で股間を覆っていたが、背後から走り込んできた男と激突し、その拍子に手が離れた。
「痛ぇな!どこ見て走ってやがる!」
「早く出口を見つけないと!」
ぶつかってきた男は、股間を隠す素振りも見せず、狂ったように廊下の先へと走り去っていった。その背中を見送るヴィルドの視界に、また別の男の裸体が飛び込んでくる。
ヴィルドは再び性器を隠そうとしたが、隣にいたザッパはもはや手で隠すのをやめていた。
「ヴィルド、無駄だ。隠したところで、周りを見りゃあ右も左もチンポ剥き出しの野郎ばかりだ。一々気にしてたら、この『石本』の迷路で脳が腐っちまうぜ」
ザッパの言う通りだった。
その言葉は、絶望的なまでに正論だった。 ヴィルドは力なく、股間を覆っていた両手をだらりと下ろした。
「…あぁ、そうだな。隠したところで、ここから生きて出られるかも怪しいんだからな」
ヴィルドは自嘲気味に吐き捨て、隣に立つザッパを見た。かつて宇宙の宙域で自分と縄張りを争った猛者も、今はただの無防備な裸の男に過ぎない。