ゴー、ダディ、ゴー

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  • 現代ドラマ
  • 性的描写無し
  • 暴力描写有り
1人目

アーノルド・ジマーマンは自分が幸せなのか不幸せなのか、最近全くわからなかった。もう何年も妻とは挨拶以上の会話を交わしていないし、娘と話をするには、なにかしらご機嫌を取らなければならなかった。仕事に不満は無いがつまらなく、愚痴を言い合える友人もいない。
娘のリサに言われるまま、アイスクリームを買いにダイアーズマートへ車を走らせる。彼はカー・ステレオから流れる Johnny B. Goode のリズムで "Go, Go, Go Daddy Go Go" と口ずさみながら、ぼんやりと田舎道を眺めていた。愛。彼は家族を愛しているのだろうか?家族は彼を愛しているのだろうか?軽快な音楽は憂鬱を吹き飛ばしてはくれない。
車を駐車し、シートを少し倒して目を閉じた。「俺は何者かになったか?」彼は チャックベリーに問いかける。そのまま数秒、もしかしたら数分身じろぎもせず、車の天井を眺めていた。彼はため息を噛み殺し、シートを定位置に戻して外へ出た。そして気付く。財布を忘れた。
途方に暮れたアーノルドには、車のドアを閉めた音さえもどこか遠くに感じる。ダイアーズマートの駐車場は夕方の柔らかな光に包まれていたが、その光はどこか遠くに感ぜられた。一瞬家に戻ることを考えたが、また無意味な往復を繰り返すだけに思えた。
”このまま、何もかも忘れて、道路標識も見ずに適当にガソリンが尽きるところまで走らせてみようか”
埒もない考えが彼の心を吹き抜けていく。
アーノルドは再度車に乗り込み、クラッチを踏んでギアをニュートラルへ入れる。ブレーキを踏みこんでサイドブレーキを降ろした。カギを捻ると、十年前買った時点でさらに十年前製造されたエンジンが、不満げに嘶いた。規則的な振動がアーノルドの体を通り抜け、遅れてカーステレオが立ち上がる。オールドロックチャンネルは、ビル・ヘイリーに移り変わっていた。
アーノルドはこのルーティンの間だけは自分が完全であるように感じた。何をするべきかが完全に定まっていて、その通りにすればあるべきようになる。
「……」
車を出口に滑らせて行くと、左手がさまよう。ウインカーを右に出せば家に続く帰路が、左に出せばどこかへどこまでも続く州道が待ち構えている。