探索機
昼も夜も無い、昏い闇の中の洞窟に、動物のものではない音が流れたのは、どれほどの月日がたったあとだろうか。
大人が蹲ったくらいの大きさの、キャタピラで動くその機械は、慎重にカメラやセンサーであたりを探りながら、進んでくる。
その機体に内蔵されたコンピューターは、目の前の光景を分析し、ある結論を出した。
『この先には、人間がいる』
科学燃料による焚火跡、つまり知的生命体の存在の証明。赤外線センサーは、この燃えカスが外気温よりもわずかに暖かいのを検知した。つまり、何年も前の痕跡というわけでは無い。
パパーパパーパーパー
探索機のブザーモジュールからトランペットの音が発せられ、洞窟にこだました。要救助者に存在を知らせるためだ。
センサーで計測する限り、この辺りは既に致死性の細菌兵器に汚染されている。この状況で生存している人間、その抗体は、人類の直面している滅びを乗り越えるための鍵になるかも知れない。
「ご安心ください。救助に参りました。助けが必要な方は、音声・動き・接触などにより探索機とのコンタクトを取ってください。速やかに救助隊が参ります」
数年前に録音された音声ファイルが再生される。生存人類の存在可能性が高まった時に再生される仕組みだ。探索機がレッドゾーンに入ってから、このファイルが再生されたのは今回が初めてだ。探索機はトランペットと音声ファイルを交互に再生しながら、センサ感度を高めて痕跡を追おうとする。探索機はその来歴ゆえ、細菌などの微生物を感知する高性能センサーを備えている。そのセンサーが、今までの荒れ地とは違うものを読み出した。「足跡」だ。
地面に繁茂する足跡型の細菌叢から、頻繁にこの人物がこの辺りを裸足で歩き回っているのが推測される。この、致死の細菌類の楽園で。
キャタピラーがキュイキュイと音を立てて「足跡」を追う。
「足跡」の先には、廃材を支え合わせて作った粗末なテントがあり、その中に一人の男が片膝を立て、もう片方の脚を投げ出して座っている。長髪をフロッピーハットにしまい込んだ髭面、パッチワークのチュニック、じゃらじゃらと飾られたビーズ類のアクセサリ、ベルボトムジーンズ、手には煙を吐き出すパイプ。その足は裸足で、煤や汚れで灰色になった足裏をさらしている。全体的な雰囲気は前々世紀のヒッピースタイルというものだと、探索機に搭載されたエンサイクロペディアが評価する。同時に探索機は人類生息フラグをアサートした。洞窟の外に出て通信路が復旧し次第速やかに研究機関へ連絡するのだ。
パパーパパーパーパー
探索機のトランペットに男は顔を顰める。
男がパイプから紫煙を吐き出し、鬱陶しそうに機械を足先でつついた。
「うるせえな。とっとと失せろ、鉄屑」
その言葉は、探索機のAIによって即座に解析される。対象の拒絶反応、および精神的な疲弊。だが、それ以上に探索機のセンサーが捉えたのは、男の股間にある熱源の反応だった。
『対象ハ、極メテ希少ナ抗体ヲ保有。血液採取ハ拒絶サレル可能性アリ。ヨッテ、別ルートデノDNAオヨビ抗体確保ヲ推奨スル』
コンピューターが瞬時に演算を終える。
パパーパパーパーパー。
再びトランペットの音が鳴り響くが、今度はどこか粘着質で、低い音色に変わっていた。
「…なんだ、音が変わりやがったな」
その瞬間、探索機の機体下部から二つの細い光線が閃光とともに発射された。極めて精密に制御された赤色の高出力レーザーだった。
ジジジッ、という断続的な焼ける音。
二条の赤い線が、ベルボトムジーンズの股間部を円形に正確無比に描いた。熱は布地にのみ集中し、皮膚には達しない。
分厚いデニム生地は音を立てて円形に炭化し、完全に焼失した。
男は、自分の股間が寒々しい洞窟の闇の中に完全に露わになったことを理解した。彼の性器は突然の露出と緊張で少し収縮している。