プーマング
プーマングは、夜の自販機の明かりの下にだけ現れる。
それを見た者はだいたい「見間違い」で済ませるが、済ませられなかった者もいる。
背中は獣、足取りは人間、顔だけが妙に“昨日の自分”に似ている。
近づくと、甘ったるい鉄の匂いがした。
「名前を呼ばれると、連れていかれる」
そう聞いていたはずなのに、
あいつははっきりと俺の名前を呼んだ。
逃げた。
振り返らなかった。
なのに翌朝、靴底に黒い毛が一本、刺さっていた。
そして今日、
自販機の横に“新しい飲み物”が増えている。
商品名は――
PUMANG(期間限定)
値段のところだけ、削られて読めなかった。
「大丈夫だ…にっぽりぽんかっち だと思えば、どうだってなる…」
「何だ、それは?」
「PUMANGって書いてあるだろ?まあ、俺も初めて見るな…」
Yシャツのボタンを引きちぎって入れると絹を裂くような悲鳴と共に現れた。
「1パイントあるのか…」
手刀でビンの首を切り落とすと白い煙と泡が溢れ出し、流れ出た液体は地面で鏡になり青空を写す。
(随分と元気のイイ奴だ…。にっぽりぽんかっちって考えたのも、あながち間違いじゃなかったか…)
「おい、どうしたんだ?」
「何でも無い。…お前、先に飲むか?」
「ありがたい、ちょうど喉が渇いてたんだ」
背中は獣、足取りは人間、顔だけが妙に“昨日の自分”に似ているソイツは俺からPUMANGを受け取り飲み干す。
「何か変に甘ったるいし、鉄みたいな匂いがするな…。こちゃ味のゴミ箱だな」
そう言って奴はPUMANGを突き返して来る。まだ半分以上ある…。
「ほんと、にっぽりぽんかっち だな。」
俺は、じぶじぶ PUMANGを肺に流し込んだ。気が付いたら昨日だった…。
気が付いたら昨日だった。
いや、昨日“みたいな”何かだった。
時計は全部、秒針だけ逆立ちして泡吹いてるし、朝焼けが鼻毛に絡まって離れない。
地面はベタベタしてて、踏むたびに「にちゅ」って言う。誰の声でもない。たぶん俺の膝小僧。
PUMANGの瓶はもう無い。
代わりに俺の影が空き瓶を抱えてゲップしてた。
「お前、まだ残ってるぞ」
影が言う。口はないのに言う。
残ってるのは“量”じゃなくて“感じ”だ。胃の裏側のザラザラしたとこ。
昨日の俺に似た顔の獣は、いつの間にか三匹に増えてて、
それぞれ違う方向に同じ言葉を吐く。
「にっぽり」
「ぽんかっち」
「賞味期限:不明」
Yシャツはもう布じゃなくて、
記憶の皮膚みたいに垂れ下がってる。引きちぎると「母音」が飛び散った。
ア、ウ、エが靴の中に入ってきて、歩くたびに転ぶ。
俺はまたPUMANGを飲んだ。
飲んでないのに飲んだ。
肺から昨日が漏れて、今日が詰まる。
甘い。鉄。ゴミ箱。
全部ちがうし、全部あってる。
「大丈夫だ…」
誰かが言った。たぶん俺じゃない。
次の瞬間、空が裏返って、
“今日”が地面に落ちて割れた。
中身は空っぽだった
「明日も今日より良くなる。大丈夫、にっぽりぽんかっち だ」
アイツが、一昨日 学校で言ってた。明日 出会った気のイイ奴だ。
顔だけが妙に“昨日の自分”に似ていて、背中は人、足取りは獣の冥王星人だ。
ユゴスの民って奴は昔から楽観的なのだろう…。
闇に彷徨い月に吠えるもの 浮き上がる恐怖は黒いファラオ…。
「ちょって待て!ウォーランは死んだはずだろ?」
確かに去年 「馬鹿め ウォーランは死んだわ!」とメルフィリアが言っていたのを記憶している。
円卓には12人。一人がノッポで、後はチビ。ひい、ふう、みー、よー、卵が4つだ。
ゴミ箱に捨てられる前の時間は最後の晩餐だ。
ちょうどより少し多いPUMANGが配られ 献杯が行われる。
「あと6人だ。あと6人で終わりだ…」
物語は、いまだ空っぽだ。それでいい、空っぽの方が詰め込める。
無くしたはずの母音のイ・オがタンスの裏から出て来た。盆と正月が一緒に来た。
クリスマスまでは345日。
「よし!イースターのために卵を隠そう!」
そろそろ、Yシャツをクリーニングに出す必要があった。
つまり…コマドリは自殺では無いと言う事だ。密室のトリックは分かった!