行方不明者
数多くの場所を探索してきたトレジャーハンターを父親に持つ、十六夜エマは、研究員をしながら、自らもトレジャーハンターをしていた。
そんな彼女は、後輩の男性研究員石原悠と共に、最近山に登って、森に入った人の行方不明者が増加傾向にあり、原因の調査及び行方の捜索を上層部より命じられる。
二人は、行方不明者が増加している山の付近で情報収集を行うと、どうやら、山を登った先の森の中には古い遺跡や祠、今は立ち入り禁止とされている古い洞窟があるなどの情報を手に入れていた。
二人は、山の麓で調査道具などの確認と準備を行うと、森を調べるために山を登っていく。
二人が山を登り始めて、しばらくすると、森が見え始めていた。森の中に入ると、蔦に絡まれている遺跡や祠が目に入っていた。
「エマ先輩、森の中に本当に遺跡や祠が至る所にありますね」
「ええ……そうね。とりあえず、この付近を調べましょう。行方不明者に関係する者が落ちていたりしないか調べるのよ」
二人は、森の中に行方不明者に関する何かが落ちていないか調査を開始していく。
「あれは怒李府斗(どりふと)!!」
エマが叫び、石原は刮目の後に悲鳴をあげた。
「うわっ」
人間らしい直立二足歩行の影は、数人の群れを成し、波打つように両手を上げる。
余談だがフランスの詩人アンリ=カザリスは、死人が踊る様子を跳ね回ると表現した、そして今、エマの表裏にも死の武闘が跳ね回る!
「誘い込まれた!!ここは現実ではない」
エマの歯肉が強く軋んだ、これは怒りではなく号令なのだ。
「うわっ」
石原の腕に纏わりつく化生は、今にも喉を食いちぎらんと血を欲す。
「石原!野郎がっ!!」
エマの繰り出した一撃は、化生の頭蓋を砕き、声にもならぬ石原の叫びを止めた。
「うわっ」
石原の乾いた叫びは、周囲の空気に小さな衝撃となる。
「石原、まだなのか」
襲いくる化生の群れは不規則かつ、不文道な動きでエマと石原を狩りにきた。
「石原!まだなのか!!」
化生共に対して慈悲はないが、その疲れ知らずの四肢は、エマの徒手空拳によって破壊される。
それはまるで、踊り狂うバレェダンサーのようだと、エマ自身に失笑した。
「石原ぁ!!まだなのかぁ!!」
ここでエマは気付く、石原の反応がないと。
「馬鹿野郎、待たせやがったな…!」
しかし運命の天秤は、生者のみに与えられる特権なのだ。
そして皇帝(いしはらゆう)は帰還する。
「石原悠(エンペラー)!!!!!」
殺戮の輪舞曲(サブスク)が今、始まる。
「石原なのか!?」
「エマ先輩、俺はもうあなたの知る石原悠ではい。あなたには、ここで死んでもらいます」
「い、石原。何を言って……んぐっ!?な、何をする……やめろ……」
石原による重たい一撃にエマは怯んでしまう。その隙を逃さないかのように石原や勢い付いた化生たちに襲われ、傷ついてしまう。
「はあ……はあ……このままだと、まずい……」
エマは、傷ついた身体を引きずりながら、歩いていると、そこは先ほどまで立ち入り禁止となっていた古い洞窟の場所だった。
「このまま死ぬぐらいなら……イヤァァァァ……」
エマが立ち入り禁止となっていた古い洞窟の方に足を動かすと、足下が崩れ落ちて、エマの身体は、洞窟の中へと転がり落ちていた。
下腹の贅肉の如き、怠惰な叫びだった。
「石原(クソ野郎)…!」
エマは悔しさを噛み、空に拳を撃ち込む。
それは鉄を打ち砕き、海風よりも速い、化生殺しの真打ちなのだ。
ここは深い円錐状の底、彼女が見上げ、目を細めて深く観察する。
壁面は湿った苔で覆われ、天蓋の穴は遥か遠く、大凡負傷した人間では不可能だ。
「ほんの偶に、自分の意思ではなく、大きな磁力に引き寄せられていく」
しかし彼女は違う、強力な専制を伴う、訓練を受けた化生殺し。
「きっと、それが人生が持つ本質だ」
エマは、跳躍を開始すると直ぐ、ショーツのクロッチの湿りに気付いた。
化生殺しとて年頃の生娘だ、汗ばんだ下着に抵抗を感じつつ、壁を蹴り上げ天井を目指した。
そして白髪のような薄い日光が、エマの眼窩に突き刺した後、鋭い皮膚が異変を感知する。
「石原(エンペラー)!!石原(エンペラー)!!」
殺戮(サブスク)、鏖殺(エクスタシー)、撃滅(パッション)、駆逐(パラダイス)。
石原は殺しの使徒と変化していた。
「転蓮華!!」
エマは思考よりも速く駆け、石原の頸を折るべくして、その技を呼吸と同時に刻んだ。
しかし想定外の事態が起きた。
「双子でよかったな、兄貴」
千切れたゴム手袋、そんな拙い表現がエマの脳裏に浮かんだ。
それは目の前にいる、哺乳類ヒト科、その折れた頸椎に対しての感想だ。
「まさか穢多か!?」
まず昆虫の様な神経節でもなければ、頸椎へのダメージは生命機能に直結する。
実際、エマの転蓮華は世界最大のネコ科、アムールトラの頸椎を破壊した実績があった。
「シャッァ!!!!」
エマは脚の筋力を窄め、弾性を解放し跳躍した。
そして両手を合わせて突き出す、それは槍を連想させるポーズであり、モース硬度計測不能。
「運命の輪は時計回りではない」
かつて皇帝(石原悠)は言った、最も大きな危険は勝利の瞬間にあると。
「時こそが輪だ」
余談だが哲学者アリストテレスは、時の定義についてこう述べた。
物事の前後の順番で時の流れは決まると。
槍は石原の肉体を貫いた、だが貫かない。
「俺は死を克服したんだ、ただの生娘は地に伏せろ」
かつて石原悠と名乗った存在は最早、人間とも穢多にも相容れない存在となる。
それは時の流れすら不服とする、究極の超越者(アンパイア)。
「怒李府斗(どりふと)か」
エマの判断は早い、及ばないことを理解すると化生の群れを使い逃走。
既に彼女は、撤退の意気に切り替えていた。
化生の群れは両手を挙げ列挙とし、石原だった何かに襲い掛かった。
そんな様子を振り返る事はなく、十六夜エマは失血しつづける腹を抱える。
槍を用いた攻撃の際、瞬間こそは確認出来なかったが、敵の手刀がエマの腹を抉った。
深く息を吸い込み、腹横筋に集中し、沸るエネルギーを損傷部位に込める。
しかし消耗し切った肉体では、化生殺しと呼ばれる彼女ですら、意識を保つのは困難だ。
途切れゆく意識の中、信号の様に瞼の裏で明滅するは、過去の記憶と彼女の秘め声だった。
それは、まだトレジャーハンターを始めて間もなき頃。エマは一度死にかけたのである。父親に憧れていた彼女は、誰にも告げずに一人で魔物が住むと言われている洞窟に探索に来ていた。
「魔物が住んでいるて言うから、ナイフやダイナマイトやらを持って来たけど、使わずに行けるわね……」
しかし、その時はまだ気づいていなかった。天井に張り付いていたモンスターがターゲットに捉えていたことに……
エマは、更に洞窟の中に進んでいくと、広い部屋に出ていた。その部屋の中央には、棺桶が一つ置かれていた。
エマは、棺桶の中身を確認しようと蓋を開けようとした途端・・・
「な、何かしら!?このネバネバは……キャッ!?」
エマは、頭上から落ちてきた粘液を確認しようとすると、天井から大きな口があり、横からは複数本の触手が生えているモンスターが降ってきたのである。
エマは、まだトレジャーハンターとしての経験の浅さからか恐怖で動くことができず、持っていた武器も全て食べられてしまっていた。
「は、早くなんとかしてここから逃げないと……イヤ……離しなさい……離して……」
エマは、近づいてくるモンスターによる恐怖で失禁してしまい、動けないでいると、触手に四肢を拘束されてしまい、徐々にモンスターの中央の大きな口まで運ばれてしまっていたのだった。
後に救出された彼女は、友人にこう語った。
「あの人は植物と同じ、奇妙な静かさを備えていた」
日常の擦れた態度とは裏腹に、好奇への渇望が湧き踊るばかりで、そこには失禁して喚く様な生娘はいない。
エマはふと、空を見上げる。すると澄み渡る青の中、一匹の鳥が太陽に挑んでいた。
「老師、あの鳥は恐怖を感じないのですか」
やがて羽毛を焦がした鳥は、衰弱しおめおめと墜落していく。
「っ、老師、何故私を助けた!」
エマは答えを求め、天に叫ぶが返答なし、まもなく水風船を踏み潰す音が聞こえた。
「命とはなんだ!!消える事のない輪廻の果てに、何があるというのだ!!!!」
その場に崩れ落ちた彼女は、大粒の涙を流し、ただただ答えを乞う。
余談だが、人工的な刺激が生み出す現実感と、本来の知覚や思考が感じ取る現実では、まるで区別がつかないという説がある。
「創って遊びなさい、さすれば辿り着きます」
エマのこめかみの奥、側頭葉が震えた。
「必ず超えて見せます、恐怖も羞恥も、そして貴方すらも」
迷いはなかった、もう後戻りはできない。強さを育む為、エマは世界中を駆け、やがて化生殺しと呼ばれる傑物となる。
そしてこれが和苦輪暮(ワクワク)老師と十六夜エマ、最後の邂逅だった事には、彼女自身気が付く事はない。