夜を拾う人

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終電を逃した駅前は、思ったより静かだった。
自販機の灯りだけが、夜を薄く切り分けている。
僕はその光の下で、落ちていた「夜」を拾った。
最初は比喩だと思った。黒いハンカチか、濡れた手袋か。
でも拾い上げたそれは、確かに夜だった。ひんやりして、音を吸い込むように重い。
「……またか」
背後から声がして振り返ると、駅の清掃員のおばあさんが立っていた。
箒を肩に担ぎ、慣れた顔でこちらを見ている。
「それ、持って帰らないほうがいいよ」
「夜、ですけど」
「だからさ」
おばあさんはため息をついて、自販機で缶コーヒーを買った。
夜は、僕の腕の中でゆっくりと脈打っている。
「最近多いんだよ。行き場のなくなった夜」
「行き場?」
「眠れなかった人、帰れなかった人、終わらせそこねた気持ち。そういうのが夜になる」
僕は思い当たる節がありすぎて、何も言えなかった。
「捨てる場所は?」
「川。夜は水に溶ける」
おばあさんはそう言って歩き出した。
仕方なく、僕は夜を抱えたまま後を追った。
川に近づくにつれて、夜は少し軽くなった。
まるで、帰る場所を思い出したみたいに。
橋の上で、僕は立ち止まった。
「これ、僕のです」
「だろうね」
夜を川に落とすと、音もなく溶けていった。
その瞬間、胸の奥で何かが静かに終わった。
終わって、でも、少し救われた。
「また落としますかね」
「生きてりゃ、落とすよ」
おばあさんは笑った。
「でもね、拾う人がいる夜は、悪くない」
駅へ戻る道は、さっきより少しだけ明るかった。
空はまだ暗いのに、不思議なことだ。